第13話 開示された真実②
「だから私を守るためにこちらへお呼びくださったのですか?」
「王城で働く人間ともなると、打ち合わせのために責任者をその都度ヴィー様の事務所へ向かわせるのも難しいのです。そういった意味でも、貴女がこちらに滞在してくださると大変ありがたい」
ラシャード様の説明に大きく頷きます。言ってることはよくわかりますからね。
実際、しばらくはこちらのお仕事にかかりきりになるでしょうし、私としても都合がいいかもしれません。
「こんな時期ですから、わたくしもあまり手が空きません。出席する夜会は多くないでしょう。ヴィヴィアンヌ様はそれに同席いただければあとは自由に過ごしていただいて構いませんわ」
「レディズコンパニオンとしての手当はもちろん別途出すし、ラシャードを護衛につける」
麗しい兄妹が口々に私の負担や不安を取り除こうとしてくださいます。ありがたいことですね。
しかしラシャード様が護衛ですか。よく考えたら王子殿下の側近って凄い人ですよね。ハモンド農園では警備についても責任者っぽい立ち回りをしていらっしゃいましたが……。
あ。
ラシャード……って、心当たりがあります! 私としたことがどうして忘れていたのでしょう。貴族名鑑にもしっかり載っているではありませんか。
「え、もしかしてエナンデル公爵家の……」
「僕をご存知とはさすがですね。はい、エナンデル公爵家の次男にしてヘルテル子爵のラシャードでございます」
柔和な笑顔が眩しくて、思わず顔を背けてしまいました。
南国のお姫様を母に持つエナンデル兄弟は褐色のお肌がセクシーだと、ご令嬢たちがお話していたように思います。確かにセクシー。
っていうか今まで気づかなかったのも本当に恥ずかしいです。こんな有名人を!
いま思えば、どう考えたって王女に王子にセクシー子爵そのものじゃないですかーもー。
記憶が確かなら、ラシャード様は王国騎士団所属の騎士様ですよね。アーベル王子殿下は騎士団長でもあるため近衛部隊の護衛をつけないと聞いたことがあります。
「あら、では王子殿下の護衛は」
「この人に護衛なんていらないんですよ本当は。カタチだけ僕がついてますけど、それは護衛というより文字通りの盾ですね」
「ラシャードの仕事は俺の事務作業の手伝いがメインだな」
ああ、まぁそうですよね。この方は狂戦士と呼ばれるほど強いのでした。この国が帝国から攻め落とされずに済んでいるのはこのアーベル様のおかげだとか……。
そこでアーベル様が何か考えるように腕を組みました。代わりの側近を選定していらっしゃるのでしょうか。
おもむろに視線を上げた青い瞳とばっちり目が合います。何か嫌な予感がして背中が冷たいものが走りました。
「ヴィヴィアンヌ、おまえ、俺が暇なときの話し相手になれ。うん、それがいい、そうしよう」
「はい? いやちょっと言ってる意味が」
「おまえがいればラシャードもついてくるから、俺の仕事は滞らない。それに、俺が特定の女と頻繁に話をしていれば、追いかけ回してくるご令嬢たちも諦めるだろう。完璧な作戦だな」
……あなたにとってはね、と言葉にしなかった私を褒めたいですね。
視界の端でラシャード様が深い溜め息を吐くのが見えました。
ていうか、私のこともラシャード様のことも便利な道具か何かだと思ってませんかね? 王子殿下さまさまですし、ちょっとくらい横暴でもゆるされるのかもしれませんけど。
「私を盾にしないでください。別の方向から命が狙われそうです」
「確かに。でもまぁ俺とラシャードがついていれば死にはしないだろ」
駄目だこいつ早くどうにかしないと。
ついに私も溜め息が我慢できませんでした。もう、すっごい長くて大きいの出ました。はい。
アーベル様が「そういえば」といたずらっ子のように口の端を持ち上げます。
「書記官室の室長が近々任務を外れる予定があるんだが、副室長をそのまま室長にしていいものかどうか悩んでいるところだ。それから、兄上付きの補佐官室が若い人手を探しているらしい。書記官の業務とも親和性が高いことだし、丁度いい人材がいれば推薦状を書いてもいいんだがなぁ?」
書記官室は、お父様とお兄様の奉職する部門です。
副室長はお父様ですし、お兄様は出張が多いのでお義姉様の妊娠が発覚してから異動願いを出したとかなんとか。ぐぬぬ。
「そういうのを脅しと言うって習ったことありません?」
「俺は事実を述べただけだが」
剣技だけではなくて、口も立つようですね! 中堅伯爵家の末娘が、王子殿下のありがたいご提案を断るなんてできないんですよ、もう!
「……慎んでお受けいたします」
「話の早い人間は好きだ」
「でも女性避けでしたら、相応の方とご婚約なさるのが最も効果的では? その際には是非、当ブライダルショップ・アンヌをよろし――」
「いや。俺は結婚はしない」
アーベル様は一言だけそう発すると、席を立ってしまいました。長い足であっという間に部屋を出て行かれます。
なんだか突然空気が変わったような気がして、唖然としてしまいます。何か気に障るようなことを言ってしまったでしょうか。
縋るようにウルサラ様やラシャード様へ視線を投げますが、お二人とも困ったように笑うばかりです。
「お兄様はちょっとお優しすぎるので……」
「殿下は繊細な方ですから」
「それ、私の知ってるアーベル様の話です?」
優しいも繊細も、たった今お話していた殿下のイメージからはかけ離れているんですが。
ただ、結婚しないとおっしゃったときの傷ついたような瞳は気にかかりますね。本当に結婚願望はないのでしょうか。
――星空の下がいい。それで天使がいたらいいな。
いえ。彼は理想の結婚式を思い描いたことがあるじゃないですか。
あの日の彼はユジン様を演じていたわけじゃないってことですよね? それなら、星空の下でと言ったのはアーベル様としての理想だったのでは?
うーん。どんな事情があるのか知りませんが、ブライダルプランナーの名にかけて、理想の結婚式は叶えて差し上げたいっ!
「ジョーディー様のサインはもうしばらくお待ちくださいね。そろそろ到着するかと思うのですが」
新たな目標を見つけて両手の拳を握ったとき、ウルサラ様が申し訳なさそうに告げました。書類がすぐに準備できない理由はそういうことでしたか。国を跨ぐのでは仕方ないですね。
私が了承の旨を口にするのと同時に、また幾人かの侍従が入って来て私に新しくお茶を淹れてくださいました。
私たちは誰も呼んでいませんから、アーベル様が指示してくださったのでしょう。
彼も、悪い人ではないんでしょうね。




