第11話 女性の憧れ
ハモンド農園での各種確認はスムーズに終わり、ユジン様たち御一行はお泊まりになることなくお帰りになりました。
私とマリーンは一泊だけさせていただき、夜遅くまで二人できゃっきゃと披露宴の演出について話し合いを。
どさくさに紛れてマリーンに今後の予定や夢、恋人の有無などを聞いてみたのですが……。
「ヴィヴィアンヌお嬢様がご結婚するまで、わたしはどこにも行きません」
などと断言されてしまいました。
私がヴィーとヴィヴィアンヌの二役をやるせいで、例えば先日のエシャーレン伯での結婚式のように、プランナーであり招待客であるという状況が発生することは少なくありません。
そんなときに右腕として活躍してくれるマリーンの存在は確かにありがたいのです。
「行き遅れちゃうわよ?」
「すっごいブーメラン刺さってますけど、息してます?」
といった感じで、説得を試みても私の傷口が広がるばかりでした。うーん困りました。
私は今のところ仕事が恋人ですからね。恋ってどんなものなんでしょう。たくさんの新郎新婦にお会いして、素敵な愛情や絆に触れてきましたが、自身がそうなるというイメージが全く浮かびません。
イケメンは好きですが、目の保養ですからね……。
そんなこんなで、お金を稼いでも使いたい相手が自分のせいで動かないという事実に、割と打ちのめされながら王都へ戻ってまいりました。
警備計画の素案をお持ちくださったラシャード様に、披露宴の演出プランと正式な契約書をお渡しして新郎新婦様のサインをお願いしたところ、時間がかかるとのご返答。
これまでがスムーズすぎたので、多少書類が遅れても構わないのですが……契約書へのサインは全ての業務をスタートさせる合図になりますから、ちょっと困ります。
なんといっても仕事が止まるのが、居ても立っても居られない気持ちになるというか。
お客様は他にもいらっしゃいますし、結婚記念パーティーの常習化計画も打ち立てていきたいので、やることがないわけではないんですけれど。
やりたいお仕事をお預けされて抜け殻のように数日を過ごした私のところへ、お父様がいらっしゃいました。
お店に向かうのも億劫になって、ダルモア邸の自室でお客様からいただいたお手紙に返事をしたためているときでした。その焦った様子に私も落ち着きがなくなります。
「どうしたんですか?」
「おお可愛いヴィヴィアンヌ! おまえがあまりにも素晴らしいから、ついに見つかってしまったようだよ」
「また頭打ちました?」
お父様とお兄様は私のことになると少し頭のネジが緩くなってしまうようですので、これもいつも通りと言われればそうなのですが。
ただ、今日はいつもに輪をかけて様子がおかしいですね。
「ウルサラ王女殿下の話し相手に任命されたんだ」
「は? 私よりもっとふさわしい方はたくさんいらっしゃいますよね」
レディズコンパニオン。王妃陛下や王女殿下といった女性王族のお側で話し相手になったり、社交行事へ同席してお手伝いするのが仕事です。
王女殿下のお話し相手となるならば、本来ならもう少し年長の方が選ばれるはずなのですが。
なにより、困ります。
お城で生活することになりますから、ヴィーとしてのお仕事ができなくなってしまうじゃないですか!
「世間がヴィヴィアンヌの素晴らしさに気づいてしまったんだから仕方ないね」
「絶対ちがいますよね?」
「私にもわからないんだ、娘よ。事実だけを二つ伝えるから、心して聞いてくれ。まず第一に、王家からの任命は断れない」
ため息交じりに頷きます。
本当にレディズコンパニオンとして私が指名されたのでしたら、辞退することは難しいでしょう。
「はい」
「そして二つ目、迎えの馬車が待っている。今すぐ用意して城へ向かわなければならない」
「いや心の準備」
お父様に文句のひとつも言ってやろうかと思ったら、屋敷中の侍従がバタバタと部屋へ入って来て荷物をまとめ始めました。仕事が速すぎる。
とにかく、ルシェ様とユジン様の披露宴だけは必ず成功させなければいけません。
登城の準備はメイドに丸投げすることにして、マリーンへ手紙をしたためます。レディズコンパニオンは自由な時間もそれなりにあると聞きますから、その時間で仕事をすることにしましょう。
マリーンへの指示は全てお手紙で。もしかしたら通信機を使わせていただけるかもしれませんが、うーん、それは緊急時の最終手段ですね。
手紙を書き終えて侍従に持たせ、おろおろする父を眺めます。この表情は寝耳に水どころか、寝耳に油を注がれた上に火を付けられたくらいのお気持ちなんだろうなと思います。
そりゃそうですよね。
普通ならもっと家格の高い家柄で、もう少し年長の方が選ばれるでしょうから。
貴族女性なら誰もが憧れるお仕事ですけど、私は求めてなかったのになぁ。
深い深い溜め息を吐いてから、着替えるために席をたち、お父様を部屋から追い出しました。
◇ ◇ ◇
私はお城へ到着し、案内された部屋で、状況が理解できないまま目の前に座る人物を見つめています。
驚きのあまり心臓が止まるんじゃないかと思ったほどです。
「ヴィヴィアンヌね、こんにちは」
「ダルモア伯爵が次女ヴィヴィアンヌが、ウルサラ王女殿下にご挨拶申し上げます」
たった一言、最初のご挨拶だけはしっかりこなすことができたのは、貴族の娘としてのさいごの意地だったかもしれません。
「よく来てくれました。貴女がいいとわたくしが我が儘を言ったのよ。突然で驚いたでしょう。お顔をあげてください」
ふわりと蝶が舞うような優しい微笑み。さらりと流れる真っ直ぐな栗色の髪。私を見つめる真ん丸の琥珀色の瞳……。
はい、完全にルシェ様です。本当にありがとうございました。
特上のお鴨様の正体がウルサラ王女殿下ですか、なるほどそうでしたかー。どおりで金払いがいいというか、家名で無理が通るとか言っちゃうわけです。そりゃそうですよ。
そして王女殿下の婚約者といえば、隣国のジョーディー王太子殿下ですよね。
ジョーディー・ユージーン・デロア……。それでユジンでしたか、なるほどー。




