106.5 公爵令嬢専属侍女は日本に転移する1
目が覚めると、見慣れない小さく低い天井があった。
円と四角の飾りを吊るしてある天井と、藁でできた初めて見る床、その床に直接敷かれた布団。
部屋には、よくわからない道具や物がたくさん置いてあり、ただでさえ狭い部屋が余計に圧迫されている。
「よぉ、目を覚ましたか?」
模様の刻まれたガラスでできた引き戸が開かれ、そこから私と同じ年頃の青年が現れた。
「えっ、ここはどこでしょうか!?
あなたは……どちら様ですか?」
「ここは俺の家だよ。
あ、俺は原田輝行って言うんだけど、」
「えぇーっ!?
て、テルユキさん!?
と言う事は、こちらは日本ですか!?」
「そうだけど、俺の事知ってんの?」
ま、まさか、私もフラン様同様転生と言うものをしてしまったの!?
でも、服装や髪型はフラン様にお仕えしている時の格好だし、顔つきも手で触った感じ変わってない気がするけど……
「昨日バイトから帰ってきたら、いきなり部屋に倒れてた君がいたからさ、すげえビックリしたんだよ。
俺の事知ってるみたいだけど、どこで知ったんだ?」
えぇっと、どこからお話しすればいいのかしら……?
「……混乱してる?
だったら、ゆっくり落ち着いてからでいいから、君の事教えてくれる?」
深呼吸をして、落ち着きを取り戻して……
「大変失礼致しました。
私、アースフィールド王国フィアンマ男爵領フランドール・フィアンマ女男爵にお仕えしております、リッカロッカと申します。
どうぞ、私めの事はリッカとお呼びください。」
まずは自己紹介をした。
「アースフィールド?
ごめん、聞いた事ない国だ。
どこの国の近く?」
「それが……おそらくチキュウと言う世界とは別の世界、フラン様は異世界と申しておりました。」
「異世界……?
まるでSFの世界の住人みたいな言いぶりだね。
到底信じられない話だよ。」
私も、テルユキさんが転生した時、そのような感覚だったわ。
到底信じられない話だけど、フラン様の言う事なさる事が全て常識の範疇を超えてらしたもの。
きっとこのテルユキさんも、私の言う事なんて作り話だと思っているわ。
と言うか、エスエフとはなんのことでしょう?
とりあえず、私の生い立ちや住んでいた世界、フラン様の事を話した。
「……君が言う事が本当だとしたら、俺は後十五年後に死んでリッカの仕えるフランドールって人の身体に乗り移るって事か?
これが嘘なら、君はめちゃくちゃ演技の上手い作家だよ。
日本語ペラペラだけど見た目は西洋人っぽいし、使用人のような格好までしてるし、かなりなり切ってるんだろう。」
「違います!
本当の事を言っています!」
でも、私は魔法が使えないし、フラン様のように証明できるようなものが何もない。
……そうだ!
文字を書けば、少しは信用してくださるかもしれない!
「では、私のいた世界の文字を書いて差し上げます。
紙とペンをご用意してくださいますか?」
「うーん、それで信じるかどうかは分からないけど、とりあえず書いてみて。」
そう言って出してくれた紙は、裏に絵や文字が書いてあるとても綺麗な色紙だった。
「あ、あの……このような美しい紙を使ってもよろしいのですか?」
「? 広告の裏だから綺麗じゃないと思うけど。
はい、ペンはこれ使って。」
渡されたのは、透明の筒の中に黒い芯が入った不思議な形をしているものだった。
「えっと……インクはどちらにございますか?」
「何言ってんだよ、インクはその中に入ってるだろ。」
……え?
「ど、どうやって使用すればよろしいのでしょうか?」
「そのまま紙に書けばいいんだよ。」
恐る恐る紙に字を書いてみる。
なんと言う事でしょう!?
インクを付けていないのに、文字が途中で途切れる事なくスラスラと書けるではありませんか!
謎は多くあるけど、この書き心地の良いペンと紙で字を書くのが楽しくなり、つい手を止めるのを忘れてしまう。
「……ボールペン知らないの?」
テルユキさんの声でハッと気付き、彼を見た。
その表情は驚いてるように見えるけど、私の書いた文字ではなく、私のリアクションに反応してるようだった。
「は、はい!
このような素晴らしいペンは初めて見ました!
これはどちらで手に入れた物ですか?」
「どこにでも売ってるありきたりなボールペンだけど。
それより、この文字はなんて書いてあるの?」
表情がスッと変わった。
まるでフラン様が新しいものを見つけたときのようなワクワクした顔。
思わずクスッと笑ってしまった。
「え、何?」
「いえ、今の表情がフラン様とそっくりだと思いまして。
やはり、フラン様とテルユキさんは似たもの同士なんですね。」
「……」
テルユキさんの表情が変わり、今度は難しそうな顔をした。
「じゃあ、ちょっと日本の生活を見てみる?」
「よろしいのですか!?
では是非お願いいたします!」
「オッケー。
まずは朝ごはんを食べよう。
用意するから待ってて。」
そう言ってガラス戸の向こうに行ったテルユキさんは、何かをされた後こちらへ戻ってきた。
「今お米炊いてて少し時間がかかるから、音楽でも聴こうか。」
この狭い家に音楽家を呼ぶのかしら?
そう思ってたら、テルユキさんは銀の棒が刺さった箱のボタンを押した。
すると! 箱の中から聞いたこともない音楽が聴こえてきたではありませんか!
「な、何ですか!?
この音のなる箱は何なんですか!?」
「ラジオカセットレコーダーって言う機械。
略してラジカセ。
これでカセットテープに録音した音楽を聴いたり、ラジオを聞いたり出来るんだよ。」
そう言って、カセットテープと言う黒い物を見せてくれた。
「やっぱりこれも知らないんだね。
じゃあこれは?」
そう言うと、次は大きな箱のつまみを引っ張りノブのような物をねじっている。
すると、今度は箱に小さな人が入っているではないか!!
「い、今何をなさったのですか!?」
「テレビのスイッチを入れたんだよ。
今は朝のドラマをしてる時間だな。」
そう言いながらつまみをねじると、小さな人達が何か会話している声が大きくなる。
「どうやって、このような小さな人達をこの箱に入れたのですか?」
「小さな人は入ってないよ。
俳優達が演技してる様子をテレビカメラで録画して、放送してるんだよ。」
な、何を言ってるのかさっぱりわからない。
とにかく、どちらも不思議な箱だと言う事は分かった。
「ご飯が炊けた」と言って隣の部屋へいったテルユキさんは、しばらくすると三角の白いものに黒い四角の付いた物体をお皿に乗せて持ってきた。
「ごめんね、おかずとかなくて。
はい、おにぎりどうぞ。」
真っ白な粒々がたくさん集まって出来たおにぎりという物。
「この白い粒々は食べ物ですか?」
「お米だよ、ほら。」
そう言って、テルユキさんはおにぎりとやらにかぶりつく。
あ、この黒い物は……
「これは海苔ですか?」
「そうだよ、お米知らないのに海苔は何で知ってるの?」
「フラン様がお作りになってましたから。」
そう言って、私も海苔の部分を持っておにぎりを少し食べてみる。
少し塩っぱくて、でも噛んでいると段々甘くなる、不思議な食べ物。
「美味しい……」
「そっか、よかった。」
そう言って、テルユキさんは初めて私に笑いかけてきた。
後半へ続く





