第八話『カミングアウト』
タマ様のお仕事説明会を終え 、今日は帰宅することにした 。
せっかく異世界に来たのだからゆっくりして行けと言われたが 、断る !
サービス残業なんてしてたまるものか 。
「なんだ 、帰るなら屋敷までどらちゃんに送迎して貰おうかのう !」
「いや ! 遠慮します ! どらちゃんに悪いですし 、お気持ちだけで十分です 。 陸路で送迎をお願いします !」
意気込んだとしても仕方がない 、また空の上で空中遊泳なんて真っ平御免だ !
タマ様の申し出を丁重に断り 、王室で王様が視察に出るときに使うという立派な馬車を送迎に用意してもらい 、五分ほどで乗り込んだ 。
「うっぷ 、ヤバイ 、マジ吐きそう……」
アスファルトなんてあるはずもなく 、剥き出しの大地をかける馬車にはスプリングも存在せず激しく揺れる 。
車酔いなんてしたことがなかった俺を見事に馬車酔いへと突き落とした 。
振動がダイレクトに腰に来る 、腰痛ぇ ……ぎっくり腰になったらどうしてくれる 。
移動時間が短く命の危険を覚悟しなければならないどらちゃんと 、馬車酔いしながら腰痛に長時間耐えなければならない馬車での送迎 。
これからどちらかで毎日出勤しなければならないとか究極の選択だ 、無理 !
なんとか屋敷までたどり着き 、一足先にどらちゃんと帰ってきたタマ様に見送られて現代日本に着く 。
屋敷の戸締まりを確認し 、タマ様に渡された玄関の鍵を掛けた 。
今後はなるべく日本側の屋敷は俺が管理することになるらしい 。
時間の経過に大きな相違はないようで 、綺麗な夕日が空を鮮やかな赤いグラデーションに染めている 。
とぼとぼと自宅への帰路を進みながら 、今後の方針について考える 。
まず 、制限とやらが邪魔して異世界の物はこちらへ基本的に持ち込めない ……だからこちらで転売してお金を稼ぐのは難しい 。
もしあちらの生き物がこちらに来ようとしても 、大抵の魔素耐性が弱い個体は死滅するらしい 、だから異世界産の外来種で生態系に異常は出ないだろう 。
中にはゴキブリやダニの様にしぶといのもいるかもしれないが 、気にしたって仕方がない 。
輸入が困難ならと話を聞き始めた直後は 、前職の経験を生かして旅行会社でも立ち上げてテーマパーク化も考えた 。だが 、お金を稼ぐにはかなりの人数をあちらへと出国させなければならないだろう 。
あまり高くなれば人は入らず 、妄想や想像の象徴でしかなかった異世界だと公表するなんて頭がいかれているとしか思われないだろう 。
異世界なんて信じない者達が果たして客に来るだろうか ? 俺ならそんな怪しげなものには極力近寄らない 。
そもそもどう言い繕っても双方警戒するし 、文明や文化の違いでトラブルは避けられない 。
国王陛下が安全にいくら心を砕いてくれても 、出入りが増えれば増えるほど全てを護衛するなど困難なはずだ 。
となればどうすれば 、現地入りさせる人数を制限しつつあちらの資源を有効に活用できる商売ができるだろう 。
「初期投資や宣伝 、準備に接客教育……駄目だ 、手が足りないし 、金もない」
通帳にあるへそくりでやりくりするにも限界がある 。
「はぁ 、美枝子に相談するか……」
見慣れたマイホームを目前に気合いを入れる 。
なんにせよ 、家族の協力が得られなければ別の手を考えなければならない 。
解雇されてから一体何度家を見るたびに気合いを入れているんだかなぁ俺は……
両頬を二回ほど叩いて自分に喝を入れ 、玄関の扉をくぐり美枝子がいるであろうリビングの扉を開ける 。
「あらおかえりなさい 。 ご飯もう少しだけ待っててね ? 先にお風呂にします ?」
あぁ 、味噌汁の香りが落ち着くぅ 、じゃなかった !
「美枝子 ! すまないが金を貸してくれ !」
びきっ ! とリビングの空気が凍り付いた 。
つうっ 、と冷や汗が額を伝う 。
「一成さん ? 詳しいお話をお聞きしてもよろしいかしら ?」
いつもより少し低い声で 、笑顔のまま俺を振り返る妻が恐ろしい 、まだ感情的に罵られたり怒鳴られる方がマシだ 。
膝を付き合わせて笑顔のまま淡々と説き伏せられる恐怖 。
「はい 、すいません 。 ごめんなさい 。 無職の人間がこんなことを言うのもなんなのですがお願いします 。 お話をきいていただきたいです」
ぽつりぽつりと今日の出来事を話していく 。
異世界の事情とこちらの事情 、天変地異の理由と解決方法 。
向こうとこちらの制限についてなど洗いざらい白状した 。
俺が話す間 、こちらから一切視線をはずすことなく 、黙って話を聞いていた美枝子に 、これから自分がやろうとしていること 、そのために金銭も交えて力を貸してほしい事を全て話した 。
「ふぅ 、あまりにも現実離れしていて俄かには信じられませんね 。でも貴方が私に嘘を付くとも思えません」
一しきり話を聞き終えた美枝子の反応は至極当然だ 。
眉間を揉み込みながら呟いた言葉と深い溜め息が痛まれる 。
そりゃそうだ 、俺だって信じられないだろう 。
それでも美枝子が信じようとしてくれているのは 、長年の付き合いで俺が美枝子に嘘を付いたことがないためだ 。
「うん 、すまんなこんな話普通じゃない 。 だが地球に影響が出ていると言われて放置できない ! 俺は曾孫の顔が見たいんだ !」
蛍を馬の骨にやる気もないが 、孫は見たいこのジレンマ !
「とりあえずその異世界って私が行っても大丈夫なのかしら ? 明日から三連休だし実際にこの目で確認するまでは家計を預かるものとして出資はできないわ」
だよなぁ ……タマ様や王様は地球人があちらに出入りする分にはなんら問題がないと言っていたし 、あちらの調査や取材をする必要もありそうだ 。
「そうだ 、美枝子が良ければ向こうに屋敷を貰ったから明日から観光もかねてあちらに宿泊しないか ? 俺がここで異世界だなんだと説明するよりもみた方が早いからな」
「そうね 、なら早速準備しなくちゃ 。 異世界なんて小説や漫画の中だけだと思っていたけど 、あぁ贈り物も持っていかなくてはね 。タマさんは猫さんなのよね ? なら鰹節が良いかしら ! それとも高級キャットフード ? マタタビも棄てがたいわね 。 王様に献上品なんて一体どうしたら良いのかしら !」
「そうだね 、タマ様には削る前の鰹節でいいんじゃないかな ? 美枝子の気持ちがこもった物で良いと思うよ」
急にそわそわしだした美枝子に明日の準備を任せ 、リビングの扉を開けると暗がりで蛍が座っていた 。
「うわっ ! 蛍 !? なんだいたのか……びっくりした」
「あはははっ 、なんか入りづらくって 。 パパ ? いくら失業したのがショックでも異世界とか無いから」
グサッ !
「うん 、すまん 。 蛍 、明日からの連休なんだがな泊まりがけで出掛けるから準備だけはしていてくれな ?」
「えっ !? 美咲と出掛ける予定だったんだけど ! 留守番じゃ駄目 ?」
美咲ちゃんは蛍の幼馴染みで 、しっかりしたお姉さんタイプの女の子だ 。
「う~ん 、できれば一緒にいってほしいんだよ 。 若者の意見も聞きたいしな」
「え~ ! めんどくさ」
「父さんの新しいお仕事の一環なんだよ 。 うまくいくようならあっちでなんか買ってやる !」
「え~ 、どうしよっかなぁ」
「わかった ! パパが特別にお小遣いをあげよう !」
「やったぁ ! 来月翼先輩の誕生日なのぉ ! プレゼントあげるんだぁ !」
蛍よ 、俺も来月誕生日なんだが……
「美咲ちゃんに断りの連絡いれてくるねぇー !」
「おっ 、おう 。よろしくな」
上機嫌に部屋へと階段を鼻唄を歌いながら昇っていく娘の姿に 、ガックリした俺は 、すごすごと自分の部屋へと戻る 。
あちらへと持っていく荷物を集め 、次々とベッドの上に並べていく 。
去年買い直したノートパソコンとデジカメ 、タブレット形パソコン 、蛍の勇姿を撮影する為に買った大容量のデジタルビデオカメラをそれぞれ充電する 。
データ転送用のケーブルとスイッチ付きの延長コードと充電器を用意した時点で思い出した 。
ついつい電子機器を揃えてしまったが 、向こうには電気がないのじゃなかろうか 。
今日初めて行った感想では電気はなく 、照明も蝋燭だったではないか 。
勢い良く階段を駆け降りて右往左往している美枝子を捕まえ 、数年前に発生した最大震度マクマニチュード九の大震災の後に購入した発電機の場所を聞き出した 。
今後は向こうで仕事をする機会が増えるが 、電子機器が使えないのは痛すぎる 。
震災時にはライフラインが全て止まり 、その上IHのキッチンだったため料理もままならなかった 。
春先でまだ雪が残っていたから冷蔵庫が止まっても外気で食材を保存できたが 、携帯もテレビも見ることができず給水車を待って六時間寒空の下で順番待ちをした 。
自動車のガソリンを得るために丸一日以上エンジンを止めた自動車のなかで毛布を被り耐えた 。
価格は高かったが家族で相談し 、家庭用のガソリンで動く小型発電機を購入したのだ 。
こちらから向こう側へ持ち込めるかわからないが 、ダメもとで持ち込もう !
「美枝子 ! ガソリンを入れに行ってくるがなにかほしいものあるかい ?」
ガソリンを入れるための携行缶と発電機を俺の愛車の軽自動車へ積み込む 。
重いので帰りに発電機を屋敷に置いてこよう 。
「鰹節とかまぼこと萩○月買ってきて ! きちんと包装してもらってね ! あと牛タンも !」
地元の有名なお土産を並べる妻に諭吉さまを一枚もらって近場の大型百貨店で買い物を済ませ 、セルフスタンドでガソリンを携行缶へ入れてもらう 。
屋敷に回って鍵を開け 、発電機を入れて自宅へと帰った 。
濃い一日だったなぁ 、疲れた……




