第五十話『サントスさんは強かった』
次第に人の出入りが増え始めた黒猫亭でサントスさんの料理に舌鼓をうちながら、日本では味わえない喧騒を聞いている 。
やはり夜も遅くなるにつれてサントスさんが言っていた通り 、武器や武具を纏った強面の集団が次々と来店してくる 。
日本で彼等のような姿でいれば 、間違いなく警察へ通報されるだろう 。
多種多様な武器や武具が身近にある 、ただそれだけで俺達はここが日本ではないと実感できる 。
酒を飲みながら今後の方針についての妄想話に華を咲かせあっていた 。
温い気の抜けたエールも本来なら交わることのない異世界の証拠だと思えば限り無く旨く感じる 。
賑わいをみせる店内は 、新たに扉を開けて店へ入ってきた集団の登場にそれまでの喧騒が嘘のように静まり返った 。
「あんたら誰の赦しを得てこの席に座ってんだよ……あぁん ?」
得物らしい短剣が俺の目の前で料理の置かれていた俺達のテーブルへ突き立てられた 。
突き立てたのは集団の外側を歩いていた男で 、むやみやたらと周りを威嚇しながら歩いていた男だ 。
強い者の威光を傘にきて自分が偉くなったように振る舞うことが虚しいと知らないのかもしれない 、そうだこういうやつを腰巾着とか小判鮫って言うんだったか 。
日本でも絡まれた経験のない彰吾は 、突然の事態に恐怖で青ざめ 、人生経験と居酒屋経営で酔っ払い同士の喧嘩を止め慣れている幸広の口許が不穏に持ち上がる 。
幸広 、頼むから暴れてくれるなよ 、相手は冒険者……すなわち荒事の専門家だ 。
子供や酔っ払いの喧嘩とは訳が違うんだぞ 。
いくら若い頃にやんちゃした幸広でも素手で屈強な彼等の相手は無謀だろう 。
今日は美枝子もいないから怪我をされても治せない 。
「この席は黒猫亭の物だったはずですが ? この席に予約が入っていたとは知らなかった 。 私達は移動しましょう」
サントスさんやパメラさんに迷惑をかけるわけにはいかないため 、席を譲るべく立ち上がれば 、油断していたこともあったのだろうが 、踏ん張りの効かなかった俺の身体は椅子を巻き込みながら板張りされた床に叩きつけられた 。
打ち付けた背中から走った痛みに肺を圧迫されたように咳き込みながら身体を丸める 。
流石冒険者と言うべきか 、先日くらった美枝子の一撃よりも重い 。
「てめぇ ! いきなり何しやがる !」
「大丈夫か ! 怪我は ?」
「あっ 、あぁ 。 大丈夫だ……」
彰吾に上半身を起こして貰いながら 、今にも冒険者に掴みかからんばかりの幸広のズボンを掴んで引き止める 。
ここで暴れれば十中八九 、サントスさんとパメラさんに迷惑が掛かるだろう 。
異世界の人達はみな全体的に大人びて見えるが実は外見よりも年齢が若いことが多い 。
おかげで日本人は幼く見られがちな訳だけども 、どうにも目の前でニヤニヤとこちらの反応をみて楽しんでいる集団は 、若いように思えてならない 。
侮るつもりはないが 、若気の至りで血の気の多い彼らに合わせても仕方がない 。
騒ぎを知りつつも他の客は止めもせずにただ突然始まった騒ぎを鑑賞しているだけのようだ 。
「お前たち ! 一体何をしている !」
騒ぎを聞き付けたエプロン姿のサントスさんが厨房から姿を現す 。
テーブルに刺さったままの短剣と床に座り込んだ俺 、そして俺たちを囲む冒険者 。
「はぁ 、困りますねお客人 。 当店は他のお客様のご迷惑になるような事をするやつに出す飯はないんですよ 。 お帰りはあちらです」
口角だけを上げて俺たちに絡んできた冒険者に退店を促すサントスさん 。 サントスさんが登場してから店の雰囲気が一転した事を冒険者たちは気が付いていない 。
他の客は静かに料理やらテーブルやらを手際よく店の端に避難させているからよくあることなのかもしれない 。
「俺達は客だぞ ? 店の者がしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ 。 料理人は料理人らしく厨房に引っ込んでな」
「はぁ 、退店していただけないのですか ?」
「俺達は飯を食いに来ただけだぜ ? さっきから帰れ帰れうるせぇな 。うまい飯を食えるって紹介されてわざわざ出向いてやって 、ついでに邪魔なゴミを片付けてやっていたんだぜ ? むしろ感謝して欲しいくらいさ 。なぁ ?」
「あぁ 、こんな一般人より稼ぎのいい俺たちを相手に商売した方が身のためだろ 」
何が面白いのか仲間内の冒険者が笑いあう 。
どうやら他の店から紹介されて黒猫亭を訪れていた人達のようだ 。
なんだってこんな連中を他の店が紹介したのかわからない 。
営業妨害の一つなのだろうか 、異世界もなかなか摩れている 。
「はぁ 、それでは自発的な退店はしていただけないと言うことで宜しいでしょうか ?」
「あぁ 、飯を食い終わったら大人しく帰ってやるさ 、客層をみれば大したことなさそうだしな」
サントスさんが注意を引き付けている間に 、パメラさんが彼等に気が付かれないようにこちらへ近付いてきた 。
「すいませんオキタさん 。 争い事に巻き込んでしまって…… たまにああ言う調子にのって他の店がもて余した若い冒険者が良くうちの店に流れてくるんです 。 ここは巻き込まれますから主人が気を引いてくれている間に 、あちらへ避難しましょう 」
パメラさんの誘導にしたがって彰吾と幸広に支えられ安全地帯らしい場所まで向かえば 、なれた様子でエールを飲みながら騒ぎを酒の肴にしている人達のところへたどり着いた 。
「確かあいつら最近この街にやって来た冒険者だよな ?」
「そうだって冒険者ギルドでいってたぜ 。 そこそこ名を上げている連中だったんじゃないか ? おっ 、兄さん達災難だったな」
騒ぎの中心にいた俺達がやって来ると客の一人が並々に注がれたエールを手渡してくれた 。
「いやぁ 、お騒がせしてすみません 。 つかの事をお伺いしますが 、こういう争いごとってよくあるんです ?」
「ん ? そうか 、知らないと言うことはあんちゃん等も最近この街に ?」
「えぇ 、来たばかりです」
実際には強制で連れてこられたんだが 、嘘は言ってない 。そうこうしているうちに 、どうやら乱闘が始まったようだ 。
始めはサントスさんに一人で挑んでいた冒険者が 、瞬く間に床へ沈んだ 。
それをみていた仲間がサントスさんに一斉に襲いかかり次々と撃沈していく 。
サントス強すぎないですか 。どうやったら人間の頭をもって空中で振り回せるの ?
なれた様子でパメラさんが扉を開けると 、サントスさんが文字通り店内から冒険者たちを表に遠投している 。
人間ってそんな風に飛べるのね 。 俺初めて知りました 。
その様子をみて年甲斐もなく幸広が興奮していた 。
「黒猫亭のサントスと言えば 、元は一流の冒険者だ 。 あんなひよっ子どもじゃ 、ドラゴンに挑む蟻みたいなもんさ」
上機嫌に教えてくれたのは仕事帰りらしいドワーフ族の老人だった 。
背が低く俺の太股ほどあろうかと言う太さの逞しい腕をしていて 、顔にはながい髭が生えている 。
サントスさんが外へ投げ捨てた冒険者たちを縄で縛り店の外にある大きな灌木へ繋ぐと 、近寄ってきた子供になにかを手渡していた 。
「あれ ? 子供 ?」
「ん ? あぁ 、孤児の連中だろう 。 小遣いを貰って騎士団の詰所まで連中を連行する為の人手を呼びにいったのさ」
一連の騒ぎで散らかった店内は常連とパメラさんの手であっという間にもとに戻った 。
本当に手慣れているため 、よくあることなのかもしれない 。
「皆さんお騒がせいたしました」
俺はサントスさんも怒らせてはいけない人だと良い勉強になった 。
仲良くなった常連さんにサントスさんの武勇伝やパメラさんとのなれそめやらを教えてもらい 、ドワーフのおじさん一押しの酒を口にしたところまでは覚えているのだが…… 気が付けば屋敷のベッドの上で割れんばかりに痛む頭と打ち付けた背中抱えてしばらく動けなかった 。
もうドワーフ一押しの酒は飲まないぞ…… !




