第三十一話『名付け』
「ねぇパパ 。 このこ名前あるのかな ?」
隣を歩く蛍が 、少し後ろからおとなしくついてくる狼を見ながら聞いてきた 。
「ん~ 、どうかなぁ ? 本人に聞いてみればいいんじゃないか ?」
チラリと視線を流すと嬉しそうに尻尾を振っていて 、愛想のいい大型犬に見えなくもない 。
足の先から頭部まで二メートルを越えるだろう美しい毛並みの銀狼 、まぁ異世界だしこのくらいのサイズの違いは普通にあるのかもしれない 。
なんといっても 、こちらの世界には当たり前にドラゴンがいるんだ から 、巨大な狼くらい珍しくない事を祈るしかない 。
「貴方はなんと言う名前なの ?」
蛍が俺の助言を真に受けて狼に聞いている 。 狼は困ったように首を傾げていて 、とてもじゃないが 、先程までの凶暴な狼と同じ生き物には見えない 。
「なんなら蛍が名付けてやればいいんじゃないか ? 名前がないと不便だし 、もし名があっても狼の言葉はわからないしな」
「そうだね 、う~ん悩むぅ 。 ねぇパパ ? このこ雄 ? それとも雌 ?」
そういえばどっちだろう 。
歩く速度を落とすと 、俺は狼の後ろ足近くから股の間を覗き込んだ 。
こいつが雄ならアレがあるはずだ 。 だがそれらしいナニは見当たらないので雌なのか 。
そもそもこの異世界の生き物に雌雄があるのかすら怪しい 。
「見たところ雄ではなさそうだぞ 。 そもそも性別があるかも怪しいから好きに付けていいんじゃないか ?」
「う~ん 、悩むなぁ 。 アレキサンダー 、ナポレオン 、ローズマリー……」
「あら銀河とか銀杏もいいんじゃない ?」
見事に横文字を並べる蛍に 、和名を押す美枝子 。
「ふふふっ 、楽しそうだな」
「そう言うパパはなんかないの ?」
ん ?そうだなぁ 。
「ぽち」
「「却下 !」」
おふっ 、速攻でダメ出しを貰ってしまった 。
「まぁ 、ゆっくりと考えればいいさ」
森を抜けて屋敷に戻れば 、タマ様はじめ沢山の使用人が屋敷の外に篝火をたいて待っていた 。
「オキタ様 ! ホタル様は……っ ! フェンリル !?」
こちらに駆け寄ってきたノアさんが 、俺たちの後ろから現れた狼を見て悲鳴を上げた 。
「フェンリル !? なぜこんな人里に !」
「オキタ様 ! 早くこちらへ ! 危険です !」
槍や剣を構えて臨戦態勢をとる使用人一同 。
一気に恐慌状態に陥ってしまったのですが 、この狼ってもしかして実はヤバイ生き物なのか !?
「大丈夫だもん ! このこは危険じゃないわ !」
そう言うと蛍は巨大な狼を庇うように 、使用人たちと狼の間に駆け込み両腕をこれでもかと開き 、両者の間に立ち塞がった 。
「ホタル様 !」
「あー 、皆驚かせてすまないね 。 今日から沖田家の仲間入りをはたしたペットなんだ 。 この通り身体が大きいから屋敷の外で飼いたいんだけど」
ぽりぽりと頭を掻きながら告げると 、凄い顔で見られた 。
「ぺ 、ぺぺぺペットですか !? フェンリルが !?」
「そうだよ 。 フェンリルってのがこの狼の種類かい ? 俺の地元にはこんな大きな狼はいないから驚いたよ」
狼すら絶滅危惧種ではあるから 、動物園にでも行かないとお目にかかれないんだけどね 。
「オキタ様 、フェンリルは野生のドラゴンと同じく出現すれば国家規模で討伐隊を組む魔物です ! もしくは最高ランクに近い冒険者が集まりやっと倒せるかどうかと言う相手ですわ !」
えっ 、そうなの ? 後ろを見れば我関せずといったように狼が大きな欠伸をしている 。
「おいぽち ! 伏せ !」
俺が声をかけると 、狼がその場に大きな身体を伏せた 。
「お手 !」
目の前に右手を出せば 、おとなしく俺の手に 、遥かに大きな自分の手を触れてきた 。
力をかけないようにしているのがわかる 。
「よしよし 。 偉いなぁぽちは」
「ちょっとパパ ! 勝手に名前決めないで !」
「そうよ 。 ぽちはないでしょ 。 せっかくこんな綺麗な狼なんだから !」
早速ダメ出しを貰った 。 呼びやすくて良いと思うんだけどなぁ 。
「じゃぁシロ !」
「「白くないから !」」
またもやダメ出し 。 落ち込む俺を慰めるように自分の頭を擦り付けてきた 。 優しいなぁお前は 。
「はぁ 、本当に飼われるので ?」
「えぇ 、犬小屋……ないですよね」
「ありませんね 。 しばらくは今まで通り森で飼っていただくようになります」
まぁこの狼が入れる犬小屋を作ろうと思えば二階建てくらいの高さがある小屋にしなければならない 。
「まぁそれが妥当でしょうね 。 ぽち !」
「ワフッ !」
ぽちと呼べば狼が返事をして寄越した 。
「とりあえず今日は帰れ ! ハウス !」
俺が森を指差すと 、一声して暗い森へと消えていった 。




