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第三話『お金を稼いでくださいってどうやって?』

 さて、新しく仕事を始めて今日で三日目である。

 

 初日に庭で幼女を救出して、一日草をひたすら抜いた。


 二日目は屋敷の掃除で一日を費やした。

 

 なんでこんなに部屋数が多いのだ……

 

 どう考えても幼女のタマ様ひとりにこんなに大きな家は必要ないと思うし、この三日間彼女の保護者にも一度も会っていない。


 しかも掃除するといっても、家では美枝子が家事を一手に引き受けてくれているものだから、一体どこから手をつけていいものやら……


 慣れない床への雑巾掛けをしたせいで腰が痛む、いつの間にこんなに俺は衰えてしまったのだろうか。


「一成殿、今日は仕事の話をしようと思うのじゃ!」


 昨日は姿を見せなかったタマ様が屋敷の奥からやってきた。

 

 玄関から出た形跡はないのに、どこへ出掛けていたのかわからない。

 

 どうやら俺を雇ったことを上司に報告にいくと言って姿を消していたらしい。

 

 ちなみに今日の俺は普段着だ。


 なにが悲しくてワイシャツで草むしりと掃除をしなければならないのか。

 

 なので今日はしばらく着る機会もなく死蔵されていた上下セットのスポーツウェアを家から引っ張り出してきた。


 一応スーツも一式持ってきているため、屋敷の空いている部屋に置いておくことにした。

 

 この調子では必要ないだろうが。


「私の仕事は草むしりと屋敷の掃除じゃなかったんですか?」


「そんなわけあるか!」


 えっ、そうだったのか、てっきりそうだと思っていた。


「今日の予定はこちらで仕事の説明をいくつかしたあと、一緒に上司に会いにいってもらうから」


「はい」


 タマに言われるがままに案内されたのは、面接に使用した応接間だった。

 

 ここもだいぶ掃除したので、やっと見られる程度になっている。


「一成殿にしてもらいたいのは外交官みたいな仕事じゃの、私達の求める人材を集めて、こちらの金銭を集めてもらいたいのじゃ」


「はぁ」


 気の抜けた声を出してしまった。


「じゃからな、よく聞くんじゃぞ?」


 とのタマの言葉からはや三時間……だんだんと話を聞くたびにイラつきと頭痛がしてきた。


 なんでもタマは異世界の住人で、この屋敷が異世界とこちらを繋ぐ関所のようなところらしい。

 

 しかもマソだかなんだかがこちらの世界は濃いため、タマの世界の住人ではマソ酔いを起こしてしまうそうだ。

 

 タマはマソへの耐性が他の人よりも高いため、こちらへ来てビジネスパートナーを探していたらしい。


「まぁ、異世界とかマソは置いておいて、ビジネスって何をするおつもりなのですか?」


「そこを考えるのがお主じゃ!」


 はぁ、この幼女が危ないやつなのはよくわかった。

 

 全く計画性もなく、すべてこちらに丸投げされても困るし、常に雇われる側だった俺に商才があるとは思えない。

 

 無謀もいいところだ。


「一身上の都合により退職させていただきます」


 こちとら一家の命運を背負ってまで、こんな怪しいやつに付き合っていられるか。


「まてまて、もう契約は成立しておるからの、今更契約破棄はできんぞ?」


「クーリングオフは消費者の権利です。大丈夫ですか?  なんなら精神科に行って見てもらっては?」


 本当に頭は大丈夫か?

 

 なんで俺はこの屋敷を訪れた日に書類にサインなんてしてしまったのだろう。


 はぁ、早くこのママゴトを終わらせて安定所に行こう。


「まぁ、短い間でしたがお世話になりました。 給金は後で請求させていただきますので」


 そうと決まれば早く家に帰って美枝子に癒してもらおう。

 

 そして明日から無駄にした三日間を取り戻すべく、職安へ通い詰めよう。


「お邪魔しま――」


「だからまてと言っておるだろうが!」


 チッ、後は帰るだけなのに被せてきた。


「はぁ、口でいくら説明したところで信じんだろうしな」


「まず、普通にそんないかにもな作り話を信じる人間は多くないと思いますよ?」


 世知辛い世の中、夢も希望も現実という分厚すぎる壁の前にとっくの昔に棄ててきたのだ。

 

 そんなお伽噺は二次元で十分だ、今は家族と生きる現実世界だけで精一杯である。


「よし! わかった。 さぁ、行くぞ!」


 スタスタと近づいてきたタマ様は俺の腕を小さな手で捕まえた。


「はい?」


 なに言ってんの、俺は帰るって言ったじゃないか!


 タマ様の手を振り払おうとして力を入れたが、びくともしない。

 

 もしかして力加減が弱かったか……

 

 全力で外そうとしたのに、外れるどころか掴まれた腕をグイグイと引っ張られる。


 なんで俺がこんな幼女に力負けしているんだ!?

 


冗談だろう……確かに最近運動をサボっていたが、いい歳した大の男が、こんな幼女に力負けしたなんて口が裂けても絶対に言えない。


「さぁ、いくぞー。 扉はこっちじゃ!」


 幼女はあろうことか俺を肩にのせるように、ひょいっと持ち上げてみせた。


 対格差もある四十一步手前の親父を担ぐ幼女?

 

 はたして普通の幼女にそんな芸当ができるか。


 しかもよく見ればこの猫耳、髪に固定する金具もカチューシャも不自然な接着跡もない。

 

 あるのは頭皮と滑らかに繋がる猫耳。


「うわぁー! 誰が嘘だと言ってくれ!」


「全て事実じゃ! 人族は諦めが肝心じゃと言うではないか。 まぁ、私は猫人族だから全く関係ないがなぁ。 わはははは!」


 俺は人生三十八年目にやって来た摩訶不思議な事態に混乱しているうちに、世界の壁を意図も簡単に越えた。


 そう、エレベーターに乗って。


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