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第二十二話『酒場の激震』

昼間は人が疎らだった酒場は 、仕事を終えた人々によって徐々に賑わいを見せ始めていた 。


あちらこちらでエールが入った木製のコップを打ち付けあい一日の疲れを癒し 、明日への活力にする 。


毎度お馴染みの光景だが 、突如店内に駆け込んできた男がいた 。


余程焦って走ってきたのか 、息は乱れ板目の床へ倒れ込んだ 。


一斉に静まり返った店内に厨房から出てきた妙齢の肉付きの良い女性の声が響いた 。


「一体どうしたんだい ? そんなに慌てて 、ほら水でもお飲みよ」


この酒場の店主であるサントスの妻であり、共同経営者でもあるパメラがコップに入った水を男に差し出すと 、男は勢い良く一気に飲み干した 。


「すっ 、すまない 、恩に着る 。 それよりも大変なんだ ! 双太陽神教会の司教が救世主様を怒らせたらしい ! あまりの対応に救世主様がご自分の世界へお帰りになるそうなんだ」


男の発言に店内がまるで蜂の巣をつついたような騒ぎになった 。


「はっ ? 教会の連中は一体何をしたんだ !?」


「このホラ吹き野郎 ! 嘘言ってんじゃねぇぞ !」


「そうだそうだぁ ! もっとやれぇ !」


「煩いねぇ ! 静かにおしよ ! あんたたち 、あんまり煩いなら店から放り出すよ !それで ? 何があったんだい ?」


パメラは囃し立てる男達を怒鳴り付けて黙らせると 、床に座り込んだままだった男を近くの椅子へと促した 。


この店の常連らしい若い男が運んできた椅子に男を座らせると 、話の続きを促した 。


「それが救世主様が世界を救うために協力を求めたのに対して教会の司教が断ったそうだ」


「はぁ !? なんだって ! 教会は一体何を考えてやがる ! よっしゃ ! 俺が今から教会に抗議しに行ってきてやる 。 おい ! 誰か王城に行って救世主様に思い止まるように嘆願してこい !」


救世主様がこの世界を助けることをやめてしまう 。


それは即ち世界の滅亡を意味していた 。


事の発端は偶然救世主様が教会に訪れていた際に教会に詰めていた町娘が不安に耐えきれず持ってきた話だった 。


城下にもたらした噂は人から人へ瞬く間に広がっていった 。


先程この酒場に駆け込んできた男も噂を聞き 、城下町の住人が多く集まるこの酒場へやって来たのだ 。


『教会関係者がこの世界を救ってくれる救世主様を怒らせた』


多くの人を介したため 、怒りを買った詳細は定かではないが 、どうやら魔石の取り扱いについて衝突することになったらしい 。


元々魔石は安価で手に入りやすいため 、一般的な平民家庭にも次々と普及していったが 、ここ数十年枯渇傾向にあり 、掘り当てれば一生遊んで暮らせてしまうほど高価な物になってしまっていた 。


ここ数年では使用済みの魔石へ魔素を補給する事も莫大な費用を必要とするために 、平民達には維持する事が困難で 、今では道具は存在するものの使用できないガラクタと化している 。


いまや魔導式の家財道具を使用しているのは裕福な貴族や王族 、教会に一部の豪商や大商人などの富裕層のみだ 。


他にも色々と原因はあるのだろうが 、とにかく怒らせてしまったらしい 。


「ちょっとあんた ! 表に出てきておくれ ! 何やら厄介な事が起こったみたいだよ !」


大きな声でパメラが店の奥へと声を掛けると 、まるで熊を思い起こさせる大男がのっそりと厨房へと続く扉を開いて出てきた 。


若い頃は冒険者として流れ者のように色々な国を回っていたサントスは 、元々この店を切り盛りしていたパメラに惚れ込み 、この地に根を下ろすことにしたらしい 。


サントスの作る料理は絶品と有名で 、王城勤めの騎士様までがわざわざ下街までやって来る程だった 。


南の大陸の料理が葡萄酒やエールに合うと評判で小麦を練ったものを薄く伸ばし 、発酵させた延びの良い魔獣の乳を野菜と共に生地にのせて竈で焼いた一品だ 。


繊細で美味な料理は勿論のこと 、酒場で提供するために 、普通ならば複数人で狩る筈の獣を一人で狩ってくる位には腕が立つ人物だ 。


「どうしたんだいパメラ ?」


サントスは手に持っていた料理の乗った皿を 、カウンターに置くと 、パメラのそばまでやって来た 。


「ちょっと行かなければならない場所があるから後をお願い ! なるべく早く戻るから !」


仕事中に服が汚れることが無いように着けていたエプロンを外してカウンターの上へ置く 。


「おい ! 俺たちも行くぞ !」


「教会に殴り込みだぁ !」


パメラに続いて次々と酒場を出ていく男達を見送り 、サントスは全員が酒場から帰っていったのを確認した 。


「はぁ 、今日は閉めるかぁ」


酒場の外に掛けられた開店と書かれた木製の表札を裏返し 、閉店に変えると残された料理の数々を見て大きくため息を吐いた 。

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