第二十話『アレルギー』
次々に運び込まれる教皇様の謎の病調書を読み上げてもらいながら、いつも持ち歩く付箋に食材名を書き留めて、ぺたぺたとテーブルへ貼り付けた。
ちょっとしたメモならスマホに入力や手帳に記入でも問題ないが、事例を整理したり、旅行プランを構築するのに重宝するのだ。
次々に運び込まれる食材に、名前の書かれた食材名の付箋をテーブルから貼り直してもらう。
調書に記載されている料理に使われた食材は、特に注意が必要なので集めておいてもらった。
着々と準備が整うなか、部屋の外から聞こえてきた喧騒に窓を覗き込む。
中庭となっている広場に、今日も素晴らしい発色の巨体を見つけた。
日の光に蛍光ピンク色の鱗が煌めき、非常に眩しい。
ゾロゾロと人を引き連れてやって来たタマ様と美枝子を手招き、教皇様のベッド近くへと促した。
「あら、イケメンね。 どなた?」
「この教会が奉っている宗教の教皇様だよ。 急で悪いんだがご病気らしくてね。 昨日俺にかけてくれた魔法で治せないかな?」
「魔法? って『痛いの痛いの飛んでいけ』?」
「そう! それそれ!」
「ご病気にも効くかしら?」
確かに昨日は外傷だったけど、教皇様は内科かアレルギー科だ。
「まぁ、だめ元で頼むよ」
「わかったわ。 『痛いの痛いの飛んでいけ!』」
寝ている教皇様の上に両手をかざした美枝子が呪文?を唱えると、ポワポワとした黄色い光が教皇様を包み込み、徐々に青白かった顔に赤みが戻っていく。
「どうかしらね?」
美枝子が教皇様を覗き込むと、小さな呻き声をあげた後、うっすらと瞳が開かれた。
宝石を思わせるようなエメラルドの瞳が辺りを彷徨うと、美枝子に視線を止めるなり、先ほどまでの弱りきっていた姿が嘘のような素早さで、美枝子の手を両手で掴むと潤んだ瞳で見詰めやがった。
「女神よ! どうか貴女に愛を囁かずにはおれない哀れな男に、その美しい唇で口付けをっ、ぶふぅ!?」
真面目に口説き始めた教皇の頭上に手刀を落として、気に食わないその口を塞ぐ。
「勝手に人の奥さん口説かないでいただきたいですね。 その口二度と開けないように縫い付けてあげましょうか?」
「オキタ殿! 落ち着いてくだされ! 皆何をしている! 早くお止めせよ!」
用意させていた針を持って詰め寄ると、やって来た修道士達が止めに入る。
「なんと! 人妻なのですか!? 年下はお嫌いですか? 後悔はさせませんよ?」
「この野郎……マジで死にたいらしいなぁ?」
「うわぁ!? まずい! 早く止めろ!」
不機嫌オーラ垂れ流しで未だに美枝子の手を放さない男に、無意識に殺気と日本で溜まりに溜まった自前の高濃度の魔素を放出していたらしい。
ぱたぱたと急激な魔素の濃度変化に対応できずに、数名の修道士や修道女が倒れた。
「お断りいたしますわ。 私、一成さん以外に興味ありませんから」
はっきりと告げると、美枝子は教皇の手を振りほどいた。
「一成さん、あとは何かありますか?」
こちらにやって来て美枝子が隣に並んで立つと、俺ににっこりと笑いかけた。
「リブロ様! 姫神の教皇様もこの教会に?」
「あぁ、反対側の建物にいるが……」
おっ! それは重畳。 ご都合主義万歳だ。
「リブロ様、美枝子の魔法が病にも効果があることがわかったので、姫神の教皇の元に案内してください。 できれば症状が緩和され次第この部屋へ連れてきてください。 原因を判明させたほうが良いと思います。 常に美枝子がいるわけでもありませんし、同じような病気をもつ方の治療に役立つかもしれませんから」
美枝子をいけすかない若造から逃すべく、笑顔でもう一人の教皇の元へ送り出すと、俺は目の前のナンパ師教皇の前に移動する。
既に魔素酔いを起こした者達は、無事だった者達が部屋の外へと運び出していた。
さて、やりますか。
「今から原因の簡易検査を行います! 美枝子と姫神の教皇様が戻り次第、検査を開始します……」
未だに状況を飲み込めていないのか、はたまた大物なのか、部屋から出て行った美枝子の後ろ姿を見詰めながら、自分の手を胸の前で握り締め、不本意ながら愛妻に懸想したように、うっとりと「ミエコ様……欲しい」と口にした色ボケ教皇の頭上から、本日二度目の手刀を容赦なく叩き落とした。
「やるか! ほら! さっさと始めますよ。 なぁに、今日は美枝子もいますから心配せずに」
美枝子がいるから大丈夫だと笑顔をナンパ師に向けると、教皇は思いきり顔を引きつらせた。
「おっ、お手柔らかに「嫌です! やるぞ!」」
「「「「はい!」」」」
教皇の言葉を遮り否やを伝えると、慌ただしく皆が動き始めた。
忙しく立ち回り、俺のやろうとしている内容を書面に書き留める者、次々と食材を切り分けて付箋と共に持ってくる者、エタノール消毒液付きの脱脂綿で消毒した腕に、俺が渡したボールペンで「失礼します」と教皇に声をかけて、次々と両腕の柔らかな内側に一円玉ほどの大きさの円を大量に書き込んでいく者。
俺はライターで炙り直した縫い針を教皇の腕に当てると、ひたすらカリカリと、輪の中を数回「井」の字に引っ掻いていく。
用意された食材をぺたぺたと輪の中に一つずつ塗り付けると、その中の数種類が赤く腫れ上がった。
「見えますか? この赤く腫れ上がってきた食品が、教皇様の体調を崩した原因です。 反応は人それぞれ、強く出る方もいれば全く出ない方もいる。 反応が強く出る食品は貴方にとって毒物と同じです。 死にたくなければ食べないように」
次々と腫れ上がる己の腕を見詰めながら、反応する食材のあまりにも多いことに、面白いほどみるみると青ざめていく。
「小麦……卵……俺は一体何を食べれば……?」
知るか!




