20話。モブ皇子、Sランク冒険者に忠誠を誓われる
俺は人目に付かない牢獄塔の中で、ガイン師匠に剣の稽古を付けてもらっていた。
試合形式で、剣を打ち合う。
ガイン師匠が手にしているのは刃の無い木剣だが、俺の得物は攻撃力をゼロにした【闇刃】だ。
もはやガイン師匠に対して、俺の力を隠しておく必要は無い。
俺が本来やりたかった【闇刃】を使った剣の修行ができるようになっていた。
俺は果敢にガイン師匠に斬撃を浴びせる。
「やる……! だが、まだ甘いな」
ガイン師匠はいとも簡単に、俺の猛攻を受け止める。
やはり、純粋な剣技では、まだまだ師匠にはかないそうにない。
だが、俺の本質は魔剣使いだ。
師匠が俺の剣をバックステップで回避しようとした瞬間、俺は【闇刃】の刀身を伸ばして追撃を仕掛けた。
身体の一部がごとく【闇刃】を自在に操れる俺だからこそできる技だ。
「おっ!?」
師匠は無理矢理、身体を仰け反らせて攻撃を躱す。
だが、そのおかげで、体勢が致命的に崩れた。
「今だ!」
その隙を見逃さず、俺は間合いを詰めてトドメの一撃を打ち下ろした。
しかし、師匠はギリギリ木剣で受けて、腕力に物を言わせて押し返してきた。力比べなら、子供の俺が圧倒的に不利だ。
「ふん!」
師匠は力技で俺の体勢を崩すと、斬撃を叩き込んできた。
「ハリネズミモード!」
俺は全身からハリネズミのごとく無数の【闇刃】を出現させた。
攻守一体の切り札だ。
師匠の剣を防ぐと同時に、その身に刃を僅かに届かせる。
「一本! ルークお兄様の勝ちです!」
審判役のディアナがうれしそうに叫んだ。
「いや、ちょっと待て、ディアナ。今のは、かすった程度だぞ!?」
「見苦しいですよ、たんぽぽ先生。お兄様の【ヒュプノスの魔剣】なら、その時点で勝負有りです」
「ぐっ……まぁ、その通りだが」
師匠はしぶしぶといった様子で、負けを認める。
「ふぅ……変幻自在、神出鬼没の【闇刃】か。間合いが読めないとは、剣士泣かせの武器だぜ」
「ありがとうございます。ガイン師匠に通じるなら、実戦で十分使っていけそうですね」
剣術とは、突き詰めれば先の読み合いであり、これを狂わせることができれば、達人級の敵にも攻撃が届く。
実際に通用するか、素のガイン師匠相手に試してみたが、見事、出し抜くことができた。
「それに崩しが無意味とはな。ハリネズミモードか? 今のをされたら、たいていの剣士は対応できずに負けるだろうさ」
「つまり、ルークお兄様は最強の魔法使いにして、最強の剣士という訳ですね。ディアは鼻が高いです!」
ディアナは、エヘンと胸を張り、我がことのように喜んでいた。
「まっ、お姫様の言う通りだな。悔しいけどよ」
ガイン師匠は肩を竦める。
「この上で、【ヒュプノスの魔剣】やら、【魔断剣】やら使われたら、一対一で勝てる人間なんざ、まずいないと思うぜ。特にあの死の魔剣は……」
「だけど、俺は剣士としては、まだまだガイン師匠に及びません。なんとか1年後までに、剣士として完成された強さを手に入れないと……」
「おいおい、1年やそこらで剣を極めるなんざ、いくらなんでも無理ってもんだぞ。いったい何をそんなに焦っているんだ?」
ガイン師匠が不思議そうに尋ねてきた。
「それは……」
俺が焦りを感じているのは、今回の事件を通して、サン・ジェルマンの強さを間接的に理解したからだ。
1000年を生きる奴の強さは、弟子のザイラスより格段に上であり、おそらく今の俺では勝つのは難しいだろう。
俺は母さんを暗殺する実行犯は、あのサン・ジェルマンではないかと考えていた。
その理由はふたつ。
ひとつは、サン・ジェルマンは帝国内部の敵を始末する役目を負っていること。
これは皇帝がルートヴィヒ公爵家の者を全滅させろとサン・ジェルマンに命じ、奴が事も無げに承諾したことから、わかった。
もうひとつは、不老不死である筈の奴が、ゲーム本編には登場していないからだ。
サン・ジェルマンが誰かに殺されたのだとしたら、それを成せるのは、実力的に魔王ディアナしか有り得ない。
真っ先に復讐すべき対象として、ディアナに認識されていたと考えるべきだろう。
「……前にも言いましたが、俺たち親子は敵に囲まれているからですよ。敵は俺が強くなるまで、待ってはくれませんからね」
だが、さすがに、1年後に皇帝がサン・ジェルマンに指示して母さんの命を狙いに来る、とは言えなかった。
俺の憶測も混じっているし、根拠はゲーム知識だからな。なにより、万が一にも他人に聞かれるようなことがあっては、俺が皇帝に叛意を抱いてると思われる。
「ガイン師匠、【冥界落とし】を皇帝に献上した報奨として、後宮にあるカミラ皇妃の財産を与えられました。このお金で、師匠を雇うので、母さんのボディーガードになっていただけませんか?」
俺は師匠に申し出た。
未来を変えるために、もうひとつ重要なのが、強力な味方を増やすことだ。
ザイラスに勝てたのも、ガイン師匠と協力し合ったからだしな。
「なんだよ、水臭い。金なんぞ貰わなくても、俺は最初から、そのつもりだ。ルークは俺とレナの命の恩人だからな。お前たちの命を狙う敵がいるなら、ソイツは俺の敵だ」
「えっ……?」
「なにより、俺はルークに皇帝になってもらいたいからな」
意外な言葉に俺は面食らう。
「今回の件で、第4皇子のヴィクターは失脚した。この調子で上を追い落としていけば、ルークが皇帝になることも決して夢じゃないだろ?」
「お兄様が皇帝に! それは素敵なことですね!」
ディアナが両手を合わせて、夢見るように叫ぶ。
「そうだろう、ディアナ。ルークが皇帝になれば、戦争ばかり繰り返すこの国も、まともな国になるだろうさ。少なくとも、民を人体実験に使うような腐った貴族のいない国にな」
……皇帝を目指す。それは以前から多少、考えていたことだった。
俺が皇帝になれば、母さんやディアナを傷つける者はこの国からいなくなる。
成長したらふたりを連れて、宮廷から脱出することも考えていたが、そんなことをすれば裏切り者として帝国から敵視され、一生付け狙われることになるだろう。
それでは駄目だ。
それでは、母さんとディアナを幸せにできない。
ふたりのことを第一に考えるなら、俺が権力の座につくこと──最終的には皇帝になるのが一番だ。
俺がすべてを支配し、あらゆる危険と敵から大切な母さんとディアナを守り抜くんだ。
「俺は母さんの血を引いていますから、困難な道になるでしょうけど……それでも俺について来てくれますか、ガイン師匠」
俺は帝位継承順位から程遠いところにいるが、幸いなことに、今は戦国の動乱期だ。
地球の歴史を紐解くと、このような時代には、豊臣秀吉やナポレオンのように、一兵卒でありながら戦争で大手柄を立てて、天下を取った人間は枚挙にいとまがない。
俺にも皇帝になるチャンスが十分あると言えた。
なにより、今回、不完全版【冥界落とし】の研究資料を献上して、皇帝からの覚えも良くなったからな。
人を昏睡状態にさせる魔法だ、帝国軍の強化に大いに役立つと、皇帝とサン・ジェルマンは喜んでいた。
……本当は人を即死させる魔法なんだが、真実は開発者のザイラスと共に永遠に闇の中だ。
この手柄を足掛かりにすれば、やがて戦争で活躍する機会も巡ってくるだろう。
「もちろんだ」
ガイン師匠は俺の前に、ひざまずいた。
「俺はこれから、ルーク……いや、ルーク皇子殿下に忠誠を誓う。この俺の力を好きに使ってくれ!」
こうして俺は、俺に忠誠を誓う家臣を初めて手に入れたのだった。
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