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97.二択

 アナトリア北にて、ファルツ選帝侯はブランデンブルク選帝侯率いるテンプル騎士団にゲリラ戦を仕掛け、少しずつテンプル騎士団をビザンティウムへと後退させていた。


 サラを人質にとるマインツ選帝侯は同じくビザンティウムを目指し、北上を続けていた。ブランデンブルク軍の敗北と及びテンプル騎士団の劣勢という情報を受けた皇帝オルダージュ・ブランデーとアマレット・ラムファード率いるヨハネ騎士団は、動けずにいた。



 -アマレット-


「何かの間違いじゃないの?どうしてマインツ選帝侯の軍がこっちに来るのよ」

「落ち着いて。動き回ってるよ」


「あっ。ごめん」

 私は考え事をする際にぐるぐると同じ場所を歩き回る癖があるらしい。母にそっくりだそうだ。


「でも、お兄ちゃんがいて、どうしてマインツ選帝侯が北上できるの?」

 あの兄がマインツ選帝侯にあっさりと破れるということはあり得ない。何か事情があるはずだ。


「アマレット。分からないことを考えても仕方がないよ。僕たちに必要なのは決断だ。君の知恵を借りたい。僕たちは二者択一を迫られているんだ。今すぐビザンティウムに戻り、テンプル騎士団とともにファルツ選帝侯とマインツ選帝侯の両方を相手すること。もう一つは北上するマインツ選帝侯を止めることだ」


 皇帝である私の恋人は、簡潔に状況を述べてくれた。おかげで感情によって乱された頭が冷静さを取り戻す。


「マインツ選帝侯の状況が分からない以上、こちらから手を出すのは危険だわ。”仮に”だけど、もし実力でお兄ちゃんが負けたのだとしたら、私たちがマインツ選帝侯に勝つのは難しい。だけど今ずるずるビザンティウムに戻ったら相手の思うつぼかもしれない」


 情報が少なすぎる。私たちの騎士団はテンプル騎士団ほどの軍事能力は有していない。守りには長けているが、敵と正面切って戦う訓練はしていない。オルダージュが絶好調であれば話は別だが、先の戦闘での傷がまだ癒えていない今の状況を鑑みると、今は退いて時間を稼ぐことが有効といえるが__


 戦局は__劣勢ね。


 だけど、テンプル騎士団にはお父さんとお母さんがいる。二人とも考えなしに戦っているわけではない。特にお母さんは厳しい人だ。考えなしに軍を後退させることはしない。負ける時は死ぬとき。ある意味、父より騎士っぽいのだ。考えろ。お母さんは何を考えている?


 母は裏切り者を絶対に許さない。帝国を裏切ったマインツ選帝侯とファルツ選帝侯を絶対に仕留めたいはずだ。そして、人を信頼しない。信頼するのは実力を持った”身内”だけ__



「あっ」

 思考がまとまった。そうだよね。お母さん。


「お。足が止まった。結論は出たみたいだね」

 オルダージュは立ち上がった。今後の行動についての思考と私の落ち着きのなさは着地した。



「私たちはビザンティウムに戻る」

 私は結論を述べた。


「意外だね。てっきりマインツ選帝侯を迎え撃つと思ったのに」

 オルダージュは私の頭を撫でた。私が何かの計画を立てたり、戦術を考えると、彼は決まってこうしてくれる。


「敵を一網打尽にするにはこれが一番よ」

「一網打尽?」


 彼の問いに私は頷く。


「テンプル騎士団はマインツ選帝侯が裏切ったという話は知らないはず。だからこそお父さんとお母さんは見えない”敵”を釣りだすために餌を撒くことにした。自分たちを劣勢だと思い込ませ、ビザンティウムへ誘う。私たちもそこへ行けば、敵は本腰を入れて攻撃を仕掛けるはず。マインツ選帝侯とファルツ選帝侯の攻撃は強烈でしょうけど、防衛戦に慣れているヨハネ騎士団がいれば、時間は稼げるはずよ」


 彼は首を傾げた。


「どうして、時間を稼ぐ必要があるんだ?」


「皇帝として、あなたがマインツ選帝侯とファルツ選帝侯を敵と宣言すればいい。ビザンティウムで宣言をすればビザンティウムの人々が証言してくれる。そうすればあの2人は孤立無援になる」


 皇帝に盾突くことは、騎士としての死を意味する。こっそりと進行している彼らの作戦が明るみに出れば、いくら選帝侯とはいえ味方はいなくなる。社会的に、彼らは死に体となるわけだ。



「なるほど。僕の皇帝としての最初の仕事という訳だ」

 私は頷いた。皇帝になって最初の仕事が、神聖帝国の選帝侯2名との戦争とは。だが、これに勝てば、彼の皇帝としての地位は揺るぎないものとなる。


「ブランデンブルク選帝侯は随分と僕を持ち上げてくれるみたいだね」

「いいえ。お母さんはそんなお人よしじゃないわ」


「え?」

 彼にとってみれば、新皇帝としての力を誇示する晴れ舞台を用意したわけだが、私の母はそんな面倒なことはしない。


「あの人は故郷__ブランデンブルクのことしか考えていないわ。私はあなたが活躍するように動くけど、お母さんが晴れ舞台を用意しているのは__」


「バランタインか」

 彼は笑った。私も頷く。



 私の母は__やはり抜かりない。


「お兄ちゃんは必ず来る。マインツ選帝侯とファルツ選帝侯をビザンティウムに引き付けて、その背後からお兄ちゃんが挟撃し、帝国の裏切り者を葬る。お母さんがどこまで読んでいるのかは分からないけど、これでブランデンブルク選帝侯の一族は、皇帝にとって最も信頼し得る盟友になる」



 ブランデンブルクの人間が国王、そして皇帝に__



 先手を取られたこの戦争を、母は千載一遇のチャンスへと変貌させた。私たちは裏切り者を食い止め、お兄ちゃんを待つ。この作戦はお兄ちゃん次第だ。失敗すれば、帝国はファルツとマインツが幅を利かす、戦乱の時代となるだろう。教会は腐敗し、暴力が支配する世界になる。


 ブランデンブルクのため、好きな人のため、そんな世界は許容できない。



 信じてるよ。お兄ちゃん。




 ヨハネ騎士団はビザンティウムへと向かった。




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