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96.エゴと忠義

 -サラ-


「気分はいかがですか」

 トロイエが私に尋ねる。


「今は平気よ。__ありがとう」

 彼の嫌味のないしゃべり口に、ついお礼を言ってしまった。バランタイン様と私は離れ離れになり、私は監視の下、聖都近くの都市に駐在している。監視はあるが、私の状態を鑑みて危険性はないとされたようだ。実際、バランタイン様がいないこの状況では私も動きようがない。

 今はお目付け役のトロイエとともに食事を取っている。


「食べても大丈夫なんすか?」

 トロイエは単純に疑問といった感じで尋ねてくる。

「ええ。満腹も気持ち悪いけれど、空腹はもっと辛い」


 受け入れていたことではあるが、ここまで騎士として使い物にならなくなるとは。あの時、バランタイン様に剣を置かせたことを今でも悔しく思う。


「そうですか。大変っすね。あの、何かあれば何でも言ってください」

 トロイエはよそよそしく言った。裏切った立場なのにも関わらず、こちらに気を遣うその態度に、少しずつ苛立ってくる。


「あなたの好意は受け取るわ。でもそれは優しさじゃない。自分の立場をわきまえなさい」

 私はぴしゃりと言い放つ。



「そうっすよね。すいません」

 トロイエは彼らしからず気まずそうに言った。なんだかこちらが悪い気になってくる。


「何故裏切ったの」

私は静かに尋ねた。


「分かっているはずです。おいらの妹のこと。おいらは妹を__」

「そんなことは知っている」


くだらない御託を私は断ち切った。

「何が言いたいんです」

トロイエは少しむっとしたように言った。


「本当に、あなたの家族をマインツ選帝侯が生き返らせることが出来ると思うの?」

私は何も躊躇うことなく、質問を投げる。


「神は全知全能です。不可能はない。おいら達に道筋を示してくれる。兄貴にも__力を与えた」

トロイエは食事を中断しこちらを強く見る。


「あなたは、自分の罪のから目を背けて神なんていう不確実なものに縋りたいだけよ」

対して私は、小さな口で食材を摂取する。


ガン!と机を叩く音がした。


「おいらが逃げていると?」

トロイエは私を睨みつける。


「いいえ。あなたは決断した。それは知っている。だけどあなたはあなたのことを尊敬してくれる人を見ていない」

「おいらの何が分かる!」


トロイエは剣を抜き、私の喉につきつける。

「あなたは、主を殺せる?」

私は目を離さずに尋ねる。

「必要とあらば」


「私も、殺せる?」

「必要とあらば!」

トロイエは言い放った。


「分かった」

私は椅子を引き、食事を再開した。トロイエも剣を納める。



「あなたに、会わせたい人がいる」

私は自分の剣をさすって言った。トロイエがいれば私をすぐに制圧できるということで、私は剣の携帯を許された。

「会わせたい人?」

彼は繰り返す。


「どうせ、この後マインツ軍はファルツ選帝侯と合流して、テンプル騎士団とヨハネ騎士団を潰すつもりでしょう」

トロイエは何も言わない。図星か。


「その敵の中に、あなたのことを理解してくれる人がいる」

「誰なんですか?」


「会えばわかるわ」

私は目を合わせずに答えた。


「それで、あなたの気持ちが変わらなければ、私はもう何も言わない。忠義ではなく、あなたのエゴを通しなさい」

私は食事を止めた。これ以上食べると気分が悪くなりそうだった。


「サラさんは__すごい騎士だ」

トロイエは水を口に含んだ。そして続ける。


「おいらはサラさんのようにはなれないっす。おいらにそんな忠義は__ない」

トロイエの声はどことなく寂しそうだった。



「忠誠なんて大したことはないわ」

私はトロイエを見下ろしながら言った。私は立っており、トロイエは座っている。

「え?」

トロイエは驚愕の顔をこちらに向ける。


「私はバランタイン様と__一緒にいたいだけ」

私はお腹をさすりながら言った。


「あなたと同じ___エゴよ」

トロイエは私の話を真剣に聞く。

「なによりも、それが大事なのですね」


私は頷いた。

「騎士失格よ」

トロイエは何も答えない。


「私にとって、この子は宝物。あの方と生きた証。だからトロイエ、あなたには感謝しているの。あなたがブランデンブルク軍を整備してくれたから私はこの子を迎えられたと思うの」

ブランデンブルク軍は私の代わりになるくらいの武力を持っている。だから私も安心できた。



「裏切ったんですよ?その軍を使って__おいらは」

私は首を振る。


「確かにそれはそう。だけど、あなたがブランデンブルクで尽力したこと、それも事実。人は何をしたかで評価される。あの方の生き方よ。私たちはあなたを尊敬している」

トロイエは何も言わなかった。だが、彼の中で葛藤が大きくなっているのは見て取れた。


「だけど__」

私は剣を抜き、トロイエの喉に突き立てた。さっきトロイエが私にそうしたように。周りの兵士は止めようとするが、トロイエが制止する。



「私も必要とあらば、私はこの腹に剣を突き立てて赤子を殺し、あなたも殺すわ」

 私の覚悟に、トロイエはたじろぐ。


「そんな。せっかくの__」

 トロイエは聞き取りづらいくらいの小さな声で言った。


「それが私の優先順位。今の私にとって大切なのはあの方だから」

 私は諭すように言った。トロイエはバランタイン様に本当に忠誠を誓っていた。それは本当だ。だからこそ、元部下に対して本音を話す。



「よく考えなさい」

私は立ち上がり、自室へと戻った。





腹に宿る生命何かを伝えたがっている。ごめんね。怖い思いをさせて。


この子と忠義、私はどちらを捨てれるだろうか。怖い。何も失いたくない。



私はいつからこんなに憶病になったのだろうか。


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