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95.焦燥

 目が覚めた時、俺は牢屋にいた。マインツ選帝侯の部下と思しき兵士が数人見張っている。


「随分と警備が薄いようだな」

俺は声を掛けると、兵士らは敵意をむき出しにして、警告する。

「柵に近づくな。忌み子が」


 兵士らは槍を格子の間から通してくる。対話の余地はなさそうだ。

「ここはどこだ?外の様子はどうなっているんだ?」

俺は一応尋ねてみる。


「お前に話すことはない。下がれ」

対話はそこで切られた。

「分かりましたよ。ではせめて僕の許嫁がどこにいるかだけ教えていただいても?」

「いい加減しろ」


兵士は語気を強め、脅した。全く、真面目なだけで融通の利かないやつだ。こんな檻じゃ俺を拘束なんてできないはずだ。素直にここにいてやる義理はない、さっさとこれを吹き飛ばして__



 あれ?



 魔力が__


「お前がここから出ることはない」

兵士は懐から何かを取り出す。白くて細いなにか__骨?


「それは?」

俺が尋ねると、兵士はその骨をこちらに向ける。嫌な感覚が鳥肌を立たせる。


「ちょっとまって、やめてくれ」

鋭利なものを眉間に当てられているような、そんな不快感がある。


兵士がその骨を振ると、もわっとした毒ガスのようなものが見える。俺はそれから逃げるように牢屋の端に逃げたが、そのモヤは俺にまとわりついた。


 痛みはない。だが形容しがたい不快感が吐き気を催す。呼吸は荒れ、激しい頭痛がこめかみを伝う。魔力が、吸われていく。


「それは__」

間違いない。以前、同じものを見た。兵士は蔑むような眼をこちらに向ける。


聖なる息吹(ホーリーブレス)だ。簡易版だがな」

兵士は意地悪く、口角が上がる。


「これから三時間おきに、お前の祝福を吸収する」

兵士はそれだけ言い、口はもう開かなかった。




 あの骨は、おそらくオルダージュの弟のものだ。埋葬されていたのを掘り返したのか?神を信仰するアクア教が随分罰当たりなことするな。だが、実際俺を封じ込めるのにこれ以上良い手段はない。


現状俺に残されている魔力は3分の1程度だ。この牢屋を突破し、サラに会いに行くことは出来るだろうが、情報が少なすぎる。もしこの状態でマインツ選帝侯と戦えば、オルダージュのように深手を負うかもしれない。


 ここは__我慢だ。素直に魔力が回復するまで待つんだ。俺の歯がそうであったように、身体の部位が魔力を留められる量には限界がある。いずれあの骨は要領を超える。今はとにかく我慢して気を伺うんだ。マインツ選帝侯もサラをぞんざいに扱うとはずがない。サラは俺を従えるための人質だ。大丈夫、かならずチャンスは訪れる。


 俺はそれから数日間、甘んじて魔力の吸収を受け入れた。魔力が吸われる感覚は不快でしがないが、これをしなければ、俺は万全の状況で戦えない。


 俺は自分に何度も何度も、大丈夫と言い続けてきた。サラなら大丈夫、両親は無事。自分を納得させるように、いやそうであると頭に信じ込ませた。不思議なことに心配な気持ちはあったが、何とかなるだろうという気持ちの方が強かった。トロイエが俺の生き方を見て俺を裏切ることを決心したように、サラや両親の生き方が俺を楽観視させてくれた。


 能天気だと思われるかもしれない。だがそれが、魔力の回復の大きな助けになった。



「時間だ」

警備の兵士が骨を向ける。だがいつもの不快感がない。モヤが体に巻き付いても、俺の魔力が吸われているような感覚はない。


「どうしたんだ、これ」

兵士が何度か骨を振る。いつもと違うということに、この兵士も気づいたようだ。だが、何度やっても俺の魔力は減少しない。


「くそっ。いったいどうなって__うわっ!」

要領を超えた聖なる息吹(ホーリーブレス)は破裂した。その威力はすさまじく、兵士の身体を粉々に吹き飛ばし、俺も牢屋の壁に叩きつけられた。


 聖なる息吹ホーリーブレスの爆発は、魔力の爆発そのものだ。俺にそれを防御する術はない。この世界の何物も、これに耐え得るものはいない。


 牢屋の格子は外れ、俺を監視する兵士は皆息絶えている。外から足音がする。この牢屋の外を見張る兵士だろう。何事かと牢屋がある部屋に入る兵士を俺は次々に片付けた。



 外に出る。ここは、どこだ。見渡す限りのステップが続いている。俺は兵士が携帯していた水筒を奪って、乾いたのどに水を流し込んだ。乾きが潤う。俺は全身に魔力を巡らす。うん。魔力も潤った。



 俺は上空に飛び、周辺の状況を確認するが、それでも現在地を把握できない。幸い近くに川があったため、それを伝うことにした。川があるところに文明があるのは自明だ。早く状況を調べねば。


 くそっ。こんな場所だったらさっさと抜け出せばよかった。


だが嘆いていても仕方がない。とにかく今は情報収集だ。俺は走った。色々状況を客観的に見るべきだとも思ったが、俺の頭の中はサラでいっぱいだった。牢屋内では持っていなかったふがいなさが、広がっていく。大事な時にそばにいてやれない情けなさ。強い彼女だが、妊娠は初めてだ。不安でいっぱいのはずだ。


 最善の行動をしたとは思っている。自分が戦える状況であることが、何よりも大事であると思った。だから数日間、俺は我慢した。

 サラを待たせることを選んだ。



 信じている。大丈夫。サラなら大丈夫。


『私は誰よりも準備をしました』


 だが頭の中ではマインツ選帝侯の言葉が、何度も反復されていた。

 

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