92.代わり
「俺とブランデンブルク軍が南。ヨハネ騎士団が北だな」
俺が確認をとる。
「うん。私はお父さんとお母さんと合流する」
アマレットが答える。
「敵の動きからすると、南にマインツ選帝侯。北にファルツ選帝侯がいるということで間違いないね?」
アマレットは頷いた。
北には両親が率いるテンプル騎士団がいる。ファルツ選帝侯は、決闘や暗殺では部類の強さを誇るそうだが、集団戦では勝ち目はある。皇帝は怪我をしているが、ヨハネ騎士団の軍勢がテンプル騎士団に加わればかなりの数となる。
俺とサラ、そしてトロイエ率いるブランデンブルク軍は南へと向かう。マインツ選帝侯は教会の選帝侯であるため、軍事力はそこまでない。それに一度は俺たちの支援をしたわけだ。どういう心変わりでファルツ側についたのか、その理由について知りたいという思いがある。
「ごめんね。今回は使い物にならなさそうだ」
皇帝は申し訳なさそうに言った。
「気にするな。約束を守ってくれてありがとう」
アマレットを守りつつ、選帝侯二人を相手にすることは至難の業だ。俺なら確実に死んでいた。だが、いくら本気の選帝侯二人を相手取っていたとはいえ、この男がここまでやられるのだろうか?
「バランタイン」
彼は真剣な表情で俺に言った。アマレットには聞こえないような小さい声で。
「マインツ選帝侯には気を付けろ。奴の軍を見たろ?」
俺は頷いた。この街を落とそうとしていたアクア教の紋章を刻んだ軍は、魔力を有していた。
「マインツ選帝侯は、禁忌の力__教会で言う祝福か__を研究し続けていたようだ。教皇らには内密に」
身体に力が入る。俺や皇帝の天敵という訳だ。皇帝がここまでの怪我を負った理由も理解できた。
「分かった。気を付ける。」
言うと、皇帝は微笑んだ。
「お互い、大人になった」
皇帝はアマレットを見る。俺はサラを見る。
「君の子供は強いかな」
彼は呟く。
「残念だけど、俺とサラは近親者じゃないよ。君もアマレットもね」
俺はかぶりを振る。
「ははっ、そうだね。その方がいい。こんな力、要らない」
皇帝は自分を納得させるように言った。
「この力のせいで、弟は死んだ。君の妹は殺させない。これは僕の__」
「使命か?」
俺は尋ねた。皇帝は首を振る。
「愛だ」
皇帝は言いにくそうに言った。
「おいおい」
俺は少し恥ずかしくなり、茶化す。
「死んだ弟への。そしてアマレットへのね。行動しなきゃ、愛は示せない」
俺は何も言わず頷いた。
「なあ、オルダージュ。伝えたいことがある。アマレットには言うな」
「うん?」
「実は俺とアマレットは、双子なんだ」
耳打ちして伝えると、彼は驚いて俺と目を合わせる。
「じゃあ、アマレットは忌み子ということか?そういうふうには__」
彼もひそひそと話す。
「いや」
俺は遮った。
「俺が弟なんだ」
言うと、皇帝は納得したように頷いた。
「なるほどね」
「幻滅したか?」
この様な世界では、”言い伝え”とか”噂”というのは、前世よりも大きな意味を持つことが多い。
「いいや。双子は確かに災いをもたらすと言うけれど、君を見たらそんなこと思えないさ」
皇帝は首を傾げる。
「君は妹の業を背負ったのかもしれないね。君は、アマレットの苦しみを背負ったのかもしれない」
「どういう意味だ?」
俺は訳が分からず尋ねた。
「僕もよく分からないよ。でも、アマレットにその力が宿らなくてよかったって思っているでしょ?」
「まあ、そうだね」
俺はおおむね同意した。俺が普通で、アマレットが俺と同じ力を持っているなんて、考えられない。
「誰かを守るため、君の優しさがその力をもたらしたんだ。双子がどうとか親が近親者なんじゃないかとか、そんなものは君が考えても仕方がない。君は、誰かのためにその力を使っている。忌み子なんかじゃないよ」
皇帝は今までになく、強い瞳で俺を見た。
「ありがとう」
彼の言葉は抽象的というかスピリチュアル的なものだった。だが、とてもうれしかった。
「サラお姉ちゃん、本当に行くの。こっちに帯同した方が安全だよ?」
アマレットは心配そうにサラを見る。サラは首を振った。
「私は、バランタイン様と一緒にいます」
サラは微笑でアマレットの提案を断った。
「まあ、私もそうする」
アマレットは横目で一瞬皇帝を見た。
「じゃあ、気を付けて。お兄ちゃん」
アマレットは俺を見る。
「おう。アマレットもな」
俺は彼女によって、頭を撫でようとしたが、途中でやめた。代わりに手を差し出す。彼女も俺の手を握った。
俺達は南へと向かった。




