89.優先順位
「どういうことっすか?」
トロイエが驚いて尋ねる。
「分からん」
アクア教の紋章を背負う兵士が、ヨハネ騎士団の本拠地を襲っている。そして、この兵士らは、魔力を帯びている。いったいどういうことなんだ。
「どうしますか?バランタイン様」
サラが俺の横で尋ねる。アクア教には世話になっている。教皇は友人だし、両親の騎士団成立も援助してもらった。敵対する理由などないはずだ。
だが__
「あのー、すいません」
トロイエがアクア教の紋章を掲げる軍に近づく。俺は魔力を耳に集中させ、聞き耳を立てる。
「何だ貴様!」
敵の兵士が槍をトロイエに向ける。
「わっ。やめてくださいよ。ただの商人っす!聞きたいことがあるだけですって」
トロイエは手を挙げる。
「見て分からんのか!今は戦闘中だ。部外者は立ち去れ!」
敵の兵は槍を構えたまま前進し、トロイエを遠ざける。
「わっかりましたよ。それにしてもアクア教の方々がヨハネ騎士団の本拠地を襲うって、どういうことなんすか?ヨハネ騎士団ってアクア教の援助を受けているって聞いたんすけどね」
トロイエは馬鹿っぽい声を出しながら探りを入れる。
「なに、お前西の人間か」
敵兵は槍を下に向ける。
「そうっすよ。教皇騎士フランチェスコの使いっす」
トロイエは先にカードを切った。それを聞いた敵兵は鼻で笑う。
「はっ。清貧派に寝返った教皇騎士が、今更何の用だ」
フランチェスコの名を知っている。こいつは本当に聖職者だ。
「それは言えないっすよ。内密にって言われているんで」
すると敵兵は再度槍をトロイエに向けた。
「言え!さもないとお前をここで処刑する」
トロイエは再度手を挙げる。
「ひぇー!勘弁して下せえ。おいらだって命がかかってんすよ。そんな簡単にしゃべるわけにはいかねえっす。あなただだって分かるでしょう?」
トロイエは声を震わせ、怯えている雰囲気を出す。しかし、ストレスが溜まっているのか、足は常に間合いを詰めれるように足踏みをしている。我慢しろトロイエ、俺はサラは顔が知れているんだ。
「うむ。それはそうだが__」
敵兵は言い淀んだ。
「でしたら、あなたは誰に仕えているんです?おいらだってフランチェスコ様に仕えるのは飽き飽きしているんです。権威派なんすよ。預かった秘密言ってあげるんで、そしたらそっちの陣に入れてくださいよ」
上手いぞトロイエ。自分が敵兵と同じ立場だと言うことを匂わせ、極秘情報をダシに敵の情報を引き出そうとしている。門前払いから、交渉において対等の立場にまで持ってきた。見事だ。
敵兵は短く言った。
「マインツ選帝侯だ」
『え?』
俺とトロイエは一瞬止まる。風が一瞬吹き、ブランデンブルクの紋章が描かれたトロイエのマントがなびく。俺も油断して魔力が漏れてしまった。
「貴様!お前何者だ!?」
敵兵は殺気と魔力を放った。
「貴様、謀ったな!」
敵兵が槍を上げると、トロイエは剣を抜き、槍が振り下ろされる前に胸を貫いた。その様子を見た他の兵もトロイエに襲い掛かろうとするが、そいつらは急接近する膨大な魔力を察知した瞬間、切り伏せられた。
「よくやった。トロイエ」
俺とトロイエは拳を突き合わせる。
「お安い御用っす!しかし、一体どういうことなんすかね」
トロイエは首を傾げた。
「分からん。マインツ選帝侯がどうしてヨハネ騎士団を襲撃など」
俺は顎に手を当て考えるが、頭が混乱し、思考がまとまらない。
「とりあえず、こいつらどうします?」
異変に気付いた他の兵士が、こちらに向かってくる。
「妹と友人の敵なんだ。決まっているだろう」
俺が構えると、トロイエは笑う。
「それでこそ兄貴っす。おいお前ら!兄貴とおいらに続け!」
近くで待機していたブランデンブルク軍が続々と出てくる。サラはその中にいない。
俺は息を吸い、心を落ち着ける。敵や味方の位置が衛星写真のように描かれる。俺は敵に飛び込んだ。多少魔力を扱えても、森の民との戦いを経た我々にとっては取るに足らない。敵は次々と打ち破られる。こちらに被害はほとんどない。
数分も経たずに、敵兵は全滅した。俺は足元に魔力を集め、城壁へ乗り移った。驚いたヨハネ騎士団の弓兵がこちらに矢を放つが俺はそれをキャッチし、そのまま相手に差し出す。自身が必死戦った兵力を一瞬で葬った軍の長が急に目の前に飛んできたため、その兵士は震えていた。
恐る恐る、その矢を受け取るのを見ると、俺は口を開く。
「あなた達の主、神聖帝国皇帝オルダージュ・ブランデーか、ブランデンブルク選帝侯が娘、アマレット・ラムファードに告げろ。『バランタイン・ラムファードが来た』と」
それだけ言うと、その兵士は急いで城壁を降り、城__実際には病院であるがその風貌からバランタインは城と誤認した__へと駆けて行った。
俺は自軍の場所へ戻り、サラの所へ行った。やはり彼女は具合がよくなさそうだ。
「お見事でしたよ。バランタイン様」
彼女は俺に寄り添っていった。
「ありがとう」
「お前らもいい動きだった!」
俺はブランデンブルク軍に響き渡るように言った。すると皆嬉しそうに笑う。いい軍だ。頼りになる。先の見通しが一切立たないこの状況でも、何とかなりそうだと思合わせてくれる。
数分後、敵の侵入を防いでいた大きな城門が低い音を立て、ゆっくりと口を開けた。




