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88.不器用

 翌日、俺達はそれぞれが準備を終えた。


「随分訓練された軍ね」

 母は新設されたブランデンブルク軍を見て言った。俺も自軍とテンプル騎士団を見比べる。奇麗な装備を付け、ラバに乗るブランデンブルク軍と、だいぶガタが来ている装備を付け痩せた馬に乗るテンプル騎士団。

 ぱっと見では、こちらがブランデンブルク選帝侯の軍とみられても不思議ではない。


「トロイエという僕の弟子__いや友人が頑張ってくれたので」

 俺はトロイエを両親に紹介した。



「初めまして、じゃないっすよね!トロイエです!」

 まあ両親はソーニャとも知り合いだし、トロイエの存在は知っているだろう。


「久しぶり。小さいときにあなたを抱いたわ。頑張ったようね」

 母は軽いトロイエに対しても律儀に返答した。

「あざっす!ただ、以前のシステムを継承しただけなんで、そんな苦労はしてないっす!それに、ラムファード家の皆さんがラバ職人を迎え入れてくれたおかげで、遠征も円滑に行えました!」

 トロイエは社交辞令を行った。驚いた、いい意味でも悪い意味でも嘘をつかないこいつが、謙遜をするとは。


「いや、この軍は私たちが作った時より立派だ。忠誠心が違う」

 父もまた、トロイエを褒めた。


「いえ、それはおいらの努力ではありません。先陣に立ち、森の民を打ちのめしてくれた、バランタイン様のおかげっす!」

 トロイエはあくまでも俺のおかげだと言う。



「随分信頼されているのね、バランタイン」

 母は嬉しそうに俺に言った。

「自分でも不思議です」

 少し照れくさくなり、頭を掻く。



「世代交代かしらね」

 母は父に呟く。

「そうかもしれないな」

 父も同意した。その会話は短いながらも、寂しさとうれしさが混じっていた。



「我々、テンプル騎士団は東へ進み、そこで待機する。南下する敵がいたら我々がそこで食い止める。あなた達は南へ行き、国王とアマレットと合流しなさい」


「分かりました」


 我々は共にビザンティウムを出て、東へと進んだ。分岐地点だ。ここ周辺でテンプル騎士団は待機し、俺達は南下する。


「油断しないこと。いいわね?」

 母は俺に忠告した。

「はい」


 森の民の一件では、敵に裏をかかれキャスを失った。もうそんなヘマはしない。敵に情けもかけない。



「それでサラ」

 母はサラに目線を移した。サラは最近口数が減っている。


「はい。いかがなさいましたか?」

 母は見る。いつの間にか二人の目線の高さは同じくらいになっている。


「まだ言ってないのね?」

 サラは首を振った。

「もったいぶってないで言えばいいのに」


「それ、ペル様にも言われました」

 サラが言うと、母は笑った。

「流石ね。それに比べてこのバカ息子は」


 急に矛先がこちらに向いた。

「え?どうかしましたか」


 俺は軽食を口に運んでいた。どの世界においても女子トークには入らないのが吉だと思っている。母はため息をつく。

「苦労を掛けるわ」

「いえいえ、おむつを替えていたのですから。これくらい何ともありませんよ。それに、今は友人とアマレット様のことで頭がいっぱいですから」


「全く。ま、仕方ないわね。バランタイン」

 母が俺の名を呼ぶ。


「今を大切にね」



 そう言って、テンプル騎士団とブランデンブルク軍は分かれた。俺たちは南に向かう。向かう先は、ヨハネ騎士団の本拠地だ。


 ラバは我慢強く、長旅に耐えている。母親の先見の明にはいつも驚かされる。乾いた空気と照り付ける太陽が体力を奪うが、俺が率いる軍もまた我慢強かった。


 だが、唯一顔色が悪かったのが、サラだった。

「水飲みな」

 俺は水を手渡す。


 また食あたりでも起こしたのだろうか。いや、今回は俺の忠告に従い、ちゃんと火を通した。体調管理に余念がない彼女が体調不良を起こすなど初めて見た。



「バランタイン様」

 背中をさすられながら、サラは言った。


「今回は__お役に立てないかもしれません」

「大丈夫だよ。トロイエも軍もいる。安心して」

 俺はサラの背中をさすり続ける。


「ええ。安心したからこそ、なのでしょうね」

 サラは自分を納得させるように言った。


「どういうこと?」

 俺は訳が分からず尋ねる。


「何でもありません」

 サラは青い顔で微笑む。体調が悪いため、上品ないつもの感じではなく、目が細まる子供っぽい笑い方だった。黒髪と顔の白さが、日本人形のようだ。


「サラ、俺に隠してることない?」

 普段と違うサラの言動に、俺は違和感が募っていた。

「ええ、あります」

 サラは笑った。


「え、何か病気してるとか?ならすぐ戻って安静にしないと!」

 俺がトロイエに指示を出そうとすると、サラは俺の手を握る。


「大丈夫です。悪いことではありませんから。私のことは気にせず、今は自分の成すべきことに集中してください」

 サラは顔こそ柔らかかったが、その目は真剣だった。


「分かった」

 俺は頷き、サラをラバに乗せた。




 ラバには若干の魔力もとい禁忌の力が備わっている。微弱ながらそれらを保有するということは、俺と同じように禁忌の力を探知できるということだ。


 ヨハネ騎士団の本拠地に近づくにつれ、我慢強かったラバらがそわそわし始めた。理由は分かる。魔力だ。まさかこの地でも__。俺たちは速度を上げる。


 ヨハネ騎士団の本拠地は、高い城壁を築いており、防衛に特化したものだった。塀の上から弓を放ち、侵入を防ぐ。弓兵は連携を上手くとっていた。同タイミングで矢を放つことで、少ない本数で敵を上手く追い払っている。


 しかし、城壁を突破しようとする敵兵は数が多く、魔力を纏っていた。そして、俺達はすぐにヨハネ騎士団の助太刀に入ることは出来なかった。


 城壁を突破しようとする兵士の装備には、アクア教の紋章が刻まれていた。



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