87.成長と困惑
「バランタインとサラ、そしてあの随分訓練された軍は、現皇帝の救援要請によって来たわけね?」
母が端的に確認をとる。俺とサラは頷く。
「ええ、皇帝崩御、聖都陥落という情報しかこちらには入ってきていません」
サラが答える。
「そう、でも順序は逆ね。まず最初に聖都が陥落した。一夜にして聖都にいた人間はは皆殺しにあった。私たち、テンプル騎士団はその時丁度、東方民族の襲撃に対応していたから、聖都にはいなかった」
「隙を突かれた、ということですね」
母は頷く。
「そう、この時点でかなり怪しいのだけれど、問題はこの次よ。聖都が陥落したとの知らせを受け、皇帝は急いでこちらに駆け付けた。アクア教の保護という大義名分を掲げた以上、来るしか選択肢はなかった」
聖戦を焚きつけたプロパガンダだ。
「皇帝は念入りに準備をしてここへ来た。だけどその道中、ギョクス川で溺死。落馬したためと言われている。どう思う?バランタイン」
俺は数秒考える。病気を患っているとはいえ、皇帝は禁忌の力を持つブランデー家だ。落馬如きで溺れるとは考えられない。
「あの皇帝がそんな無様に死ぬとは考えられません」
言うと、母は頷き続ける。俺がこう答えることを知っていたのだろう。
「そう、暗殺と考えるのが妥当。でも、皇帝はそれなりの実力者。容疑者は4名よ」
母は親指を折りたたんだ手のひらを向ける。
「私の夫、ブランデンブルク選帝侯。現皇帝、オルダージュ・ブランデー。マインツ選帝侯。ファルツ選帝侯よ」
その面子で、俺は犯人に該当する人物は一人しか浮かばなかった。
「ファルツ選帝侯が怪しいですね」
俺は即座に返答した。
「そう、でも問題が一つ。皇帝は聖都陥落の2日後に殺害された。もし、この暗殺が仕組まれていたとしたら、聖都を落とすことで皇帝をおびき出し、ギョクス川で殺したことになる。でも聖都からギョクス川までは陸路でかなりの距離がある。いくら選帝侯でもこの距離は2日では移動できない」
母の言葉を受け、事態がかなり深刻だと言うことを悟った。
「つまり、協力者がいるということですね?」
母は気まずそうに首を縦に振る。
「ギョクス川は、ここビザンティウムの少し東。小アジアにある。ファルツ選帝侯は現在消息不明だからクロだとして、もしここで我々が聖都に向かえば__」
「その協力者とファルツ選帝侯によって挟み撃ちになる可能性が高い」
母は頷いた。
「協力者の目星は?」
「分からない。でも、東方民族は最近、英雄が生まれたと騒いでいる。マインツ選帝侯の軍を打ち破り、エデッサを陥落させた」
エデッサは確か、ビザンティウムから聖都への中継地点として成立した国だ。マインツ選帝侯ら、アクア教が統治を行っている国のはず。それにしても、マインツ選帝侯が__?
「いったいその英雄って何者なんですか」
「分からない。でも奴らは、アッディーンと呼んでいるわ」
なるほど、もしここで安易に小アジアに進軍すれば、俺達はそのアッディーンというやつと、ファルツ選帝侯に挟撃されるという訳だ。マインツ選帝侯を討った奴と、騎士殺しのファルツ選帝侯。普通なら勝ち目はない。
「アマレットと現皇帝は何をしているのですか?」
「現状、マインツ選帝侯の軍の救護活動をしているわ。アマレットの軍はヨハネ騎士団って呼ばれるようになってね、衛生活動と防衛力に優れている。当分は平気だと思うけど、このままじゃまずいわね」
「ファルツ選帝侯は、皇帝の座を狙っているという訳ですね」
「恐らく、ね」
このまま、現皇帝、俺の友達と殺せばそのまま皇帝になる可能性が高い。国王選挙が行われる前に片を付ける腹積もりらしい。
「じゃあ、行くしか選択肢はなさそうですね」
俺は淡々と言った。母は驚いたようで、俺の顔を覗く。
「変わったわね。随分逞しくなった。ね?」
母は父を見た。父も頷く。
「まあ、次期国王を目指していますから」
俺は言った。まだ二人には皇帝を目指すことは伝えていなかった。
「意外ね。でも向いていると思うわ」
父はまた頷く。
「それに__」
俺はサラと目をが合った。
「誰が相手でも、敵対する人間は、殺すだけです」
父はすっと立ち上がったが、またすぐに座り直した。俺がこういうことを言うのを意外に思ったのだろう。
「サラ、この子に何が?」
母は他人行儀に尋ねた。
「何も変わっていません。ただ__自分の存在を受け入れただけです」
サラの言葉には含みがあった。
「そ、そう」
母は、珍しく歯切れが悪かった。
「そう言えば母上、再会した際には僕のことについて話してくれると、おっしゃっていましたよね」
俺がインセストの上で生まれたのか。双子なのになぜ殺さなかったかなど、聞きたいことはたくさんある。
「ええ」
母はよそよそしかった。俺に怯えているのか?
「僕は__俺はいろいろ考えたんです。なんで生まれたのか。なんでこんな力を持っているのか。たくさん悩みましたし、苦しみました。でも、もう大丈夫です。僕は自分の大事なもののために生きる。父上や母上もそうです。だからこそ知りたい。僕がどうして生まれたかを」
母はふうっと息を吐く。するといつもの調子に戻った。
「子供って知らないうちにこんなに成長するのね。それでもバランタインはバランタインね。良かったわ。分かったわ。私とこの人の過去について、すべて話す。でも、それはアマレットも一緒」
「僕もそのつもりでした。すべては友人と妹を助けてからです」
母の口角が上がる。
「強くなったな」
父が一言。
「はい」
俺は力強く返事をした。あの大きな背中を持つ父に褒められることが、素直にうれしかった。
「明日、バランタイン率いるブランデンブルク軍と、コルネオーネ率いるテンプル騎士団はアナトリアに侵攻する。いいわね」
母と握手をする。これは母と息子ではなく、政治上のものだ。
「バランタイン」
母が一言。
「愛は行動によって証明される。これだけは本当よ」
そう言って俺たちは、出陣の準備を整えた。俺は彼女の言葉の真意は分からなかった。




