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86.理想

「お久しぶりです。お二方」

 サラは使用人として、深々と挨拶をする。


「変わらず何よりだ」

 父は相変わらず不愛想に言った。だが、これでも俺の親だ。実際にはかなり喜んでいるはずだ。

「もう立派な大人ね。サラ」

 母はサラの頭を撫でた。

「ありがとうございます。ザクセン選帝侯から、騎士の叙任を受けました。本当はコルネオーネ様からお受けするのが筋だとは思いますが、成人を迎えた故」


 サラは事務的に述べた。

「気にするな」

 父は首を振った。そしてサラが腰にぶら下げている剣に目をやった。


「その剣__」

 父が言いかけ、母が止める。



「せっかくだから、一緒に食べましょう。お互い積もる話もあるでしょうから」

 そういうと、母は店の主人に話しかける。すると、店の主人は俺たち以外の客を全て追い払ってしまった。


「さて、これで話しやすくなったわね」

 相変わらずの手際の良さに苦笑いをしてしまう。


「お酒は飲む?」

 母が俺とサラに目線をやる。既に父の分は注いであった。


「いえ、私は大丈夫です」

 俺は驚き、彼女の方を見た。お酒好きで、上から勧められた酒は絶対に断らない彼女がだ。何か具合でも悪いのだろうか。

「バランタインは?」

 母はこちらを見た。


「いえ、僕も大丈夫です」

「そう」


 すると、手酌で自分の杯に酒を注いだ。


「ブランデンブルクはどう?」

 母が最初に尋ねた。それはそうだろう。自分の領地及び生まれ故郷から数年離れているわけだ。気になって当然だ。

「大変でした。本当に」


 俺は話した。森の民と全面戦争を行ったこと、元のブランデンブルクの常備軍が壊滅したこと、やつらとの戦いでキャスが死亡したこと、トロイエというソーニャの息子が、新たに常備軍を整備しなおしたことなどを話した。

 唯一話さなかった点は、俺の力についてだ。


「あのキャスがか。すまなかった」

 話を一通り聞いて父が謝罪した。領主として現地にいなかったことを申し訳なく思っているのだろう。


「私の剣も折れてしまったので。形見を兼ねてこの剣を__」

 サラは自分の剣に触れる。

「それがいいわ。物は使ってこそ価値があるもの」

 母は頷いた。二人は、キャスの死を案外すんなりと受け入れた。長くこの世界にいると、身近な人の死に慣れていくのだろうか。


「それで、キャスは最期に何か言ってた?」

 母はサラに尋ねた。

「それは__」

 サラは一瞬考えた。俺もなんて言ったのかは知らない。


「幸せになれと」

「そう」

 母はそれだけ言った。その目はさみしそうだった。良かった。やはりこの人にはちゃんと感情があるんだ。


「あの」

 俺はここしかないと思い、口を開いた。

「僕は、サラと結婚します」


「そうか」

「おめでとう」

 二人の返答はあまりにあっさりしていた。


「え?」

 それを見てサラはぷっと笑う。


「律儀な彼を持ったわね、サラ」

「ええ」


 サラと母は目を合わせて笑った。。


「腹くくりなさいよ」

 母は身を乗り出して強い眼光を向けた。

「はい」


「やっぱり、今日はあなた、飲みなさい」

 母は俺の杯に酒を注いだ。サラをちらりと見るが、彼女はどうぞと言わんばかりに、首を縦に振る。


「息子の結婚なのですから、もう少し驚いてもいいのではないでしょうか」

 俺は苦笑いする。


「私としては随分時間かかったという印象よ。ねえサラ」

 彼女は深々と頷いた。え、待って。俺ってそんな待たせてたの?


「まあちゃんと私たちに、筋を通す辺りはいいわね」

「そこが彼のいいところですから」


 母とサラは頷き合った。女同士の会話って感じだ。


「それに、アマレットのことを考えたら、あなたたちの結婚なんてなんとも思わないわよ。ねえあなた」

「ああ__そうだな」

 父はこくりと何度も頷いた。


「アマレットが?どうかしたのですか?」

 俺は心配になり、尋ねる。

「あなたがけしかけたんじゃかなくて?」

 母は首を傾げる。


「けしかけた?何を?」

 俺は事態が読めず尋ねる。

「アマレットの護衛として当時の国王を置いておいたじゃないの」

「そうですけど。それがなにか?」


 さすがに敵地でアマレットだけで行動させるのは危険だと思ったからだ。

「アマレット。現皇帝にぞっこんよ」


「え?」

 俺は国王はオルダージュに手を出すなと釘を刺しておいたはずだ。まさかあいつ__


 父がピクリと動く。

「バランタイン様。抑えて。殺気出しすぎです」

 サラが俺をなだめる。


 母はやれやれと首を傾げる。

「全く。顔も悪くない上に、あれだけ強い人間が自分を守ってくれるんだから、惚れないわけないでしょう」

 全くわかってないんだからと、母はぼそりと言った。


「アマレットは現皇帝にもうアプローチをかけてる。あの子のことだから、かわいい下着でも買って夜這いでもしてるんじゃない」

 父が咳払いをする。


 なんてこった。あいつを護衛に置いたのが裏目に出るとは。

「でも、あの方は多分手を出してないわよ。律儀にあなたとの約束を守っている。今度会ってあげなさい」


「ええ、妹を守らねば」

 そう言うと、サラのジト目が俺に張り付く。


「バランタイン様?アマレット様はもう15ですよ?妹が大切なのは分かりますが、大人になりましょうね」

 サラの圧に、俺は頷かざるを得なかった。


「あなたも、バランタインの言葉に頷いたわよね?」

 同じようなジト目が、母から父へ向かう。


 俺達もこうなれたらいいな。俺は両親を見てそう思った。





「さて、じゃあそろそろ。本題に移りましょうか」

 母が声のトーンを落とした。







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