85.再会
「あのオルダージュ・ブランデーがねえ」
俺達は出発直前、ザクセン選帝侯を訪れていた。ブランデンブルクには現在、森の民という脅威はない。だが、有事の際には多少の武力が必要となる。ブランデンブルク軍は残らず東方へと向かうため、彼の軍事力を借りたいと考えた。
「ええ。僕も意外です。ですが友人が助けを求めている以上、我々は向かいます」
俺は頭を下げた。
「お手数をおかけしますが、ブランデンブルクを少しの間、見ていてください」
ブランデンブルクとザクセンは長らく友好関係を築いている。ブランデンブルクの領民からしても、抵抗感はない。
「随分しっかりしたようね。ねえサラ?」
ザクセン選帝侯はサラを見た。彼女は笑って頷く。
「もちろん。あたしも友人の頼みは聞くわよ」
ザクセン選帝侯は俺の鼻をちょんと触る。
「ありがとうございます!」
再度俺は頭を下げた。
「でも、気を付けなさいね」
彼の声が急に低くなる。
「ええ。国王__じゃなくて皇帝が、救援要請を出すなど、ただ事ではないでしょう」
あれでも政治力と武力を兼ね備えた人間だ。友人としてはなんとも言えない部分もあるが、一人の人間としてみれば、彼は完全無欠と言えるだろう。
「それもあるけど、なんだか__きな臭いものを感じる」
ザクセン選帝侯は真剣な表情で言った。
「バランタイン・ラムファード、そしてサラ・ナイルズ・ベルモット。気を付けなさい。あなた達の仲間と、家族以外は信頼しないように。皇帝が崩御された後は必ず__ひと悶着起きるわ」
『はい!』
俺とサラは彼の真剣な忠告に返事をする。
「それと、サラ」
「はい」
いつもの声の調子に戻り、ザクセン選帝侯はサラの名前を呼んだ。
「もったいぶってないで、早く言いなさいね」
「ええ、そうします」
サラとザクセン選帝侯は何か通じ合ったようににこりと笑った。
俺たちはブランデンブルクを後にした。前回とは異なり、今回はブランデンブルク軍のみの遠征となるため、かなり早い速度で東へ進む。訓練された軍は休息をとるのも上手く、馬も人もほとんど消耗せずに、あっという間にビザンティウムに到着した。
「懐かしいですね。ここ」
「ああ、そうだね」
ビザンティウムにおいて、我々は休息と情報収集のため、数日間の滞在をすることとなっている。ここは、俺が戦争の後苦しんだ都市でもあり、サラと結ばれた場所でもある。酸いも甘いも経験した場所だ。
「あの時は、ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。バランタイン様のおかげで、騎士として、恋人としていられるわけですから」
ああ、俺の恋人のすばらしさたるや。謙虚の権化だな。
「そういえば、海産物をもう一度食べようっていう約束、まだ果たせてないね。行こうか」
俺はサラの手を取って、街を散策し、以前サラが気に入った(ついでに食あたりもした)店に行った。家族の非常事態ではあるが、情報収集の傍らであるし、罰は当たらないだろう。
「ちゃんと火を通すんだよ?」
「大丈夫ですって、私は正式に騎士の叙任を受けたのですよ?こんなことで体調を崩したりなどはしません!」
前回もそう言って腹を下していただろうに。まあいい。はしゃぐサラなんてなかなか見る機会はないのだし、たとえあたってもサラの身体ならすぐに回復する。
「なあサラ」
口いっぱいに頬張るサラに、恐る恐る口を開く。彼女は急いで、飲み込み答える。
「どうしたのですか?改まって」
こんな状況、こんな店で言っていいのか分からない。でも、以前約束したこの場所で言うことに意味があると感じた。
「け、結婚してくれないか」
勢いに任せて口に出した。
「もちろん。そのつもりですが」
あまりに軽い返答に、拍子抜けする。
「あ、あれ?プロポーズだよ?」
俺は自分が何か変なことを言ってしまったのではないかと疑う。
「はい。そうですね」
彼女は食事を続ける。
「まって、結婚だよ?そんな軽くていいの?」
「軽いも何も、もともとそのつもりじゃないですか。もしかして、そう思っていたのは私だけですか?」
彼女はまた頬を膨らませる。今回は口に何も入っていない。
「いやいや、もちろんそのつもりだったよ」
「何度も夜を共にして、愛を誓っているのですから。別に改めて言う必要などないじゃないですか」
「ま、まあ。それはそうだけど、一応区切りとしてさ」
前世の価値観ならば、三ヵ月分の給料分の指輪を渡すのが、ある種の儀式なわけだ。人生のハイライトという側面もあるが、男性からすれば相手に結婚の意思があるか否かの確認作業でもある。
ぬるっとしているが、サラは結婚に肯定的という訳だ。というか、それ以外の選択肢などなかったらしい。もっとも、俺も彼女以外の人と結婚するつもりなどないのだが。
「そういうことでしたか。バランタイン様は真面目ですね」
「うん。まあ、うん。愛してるよ。サラ」
めちゃくちゃ締まりの悪い愛の言葉を言ってしまった。
「ええ、私も愛しています。あなたよりもずっと前から」
俺たちは食事に戻った。花より団子か。でもまあ、俺達にとってこれでいいのかもしれない。仰々しいサプライズもなければ、トラックの前に急に飛び出して自分の不死を相手への愛とするようなこともない。
「あらあら、甘ったるい空気が流れていると思ったら」
俺達を冷やかした声の主を見て、俺とサラは立ち上がった。そこには懐かしい顔があった。
「久しぶり!バランタイン、サラ」
「また大きくなったな」
明晰で慈悲深い女性と、強面で誇り高い男性がそこにいた。
「父上!母上!」
親子の再会は唐突だった。




