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閑話 もう一人の英雄

 -アマレット-


 ブランデンブルクにおける中隊一つ(約50人)とマインツ選帝侯から預かった聖職者を率いて、アマレットは病院を建設していた。聖都奪還後も、東方民族との戦闘はたびたび起きている。お父さんを始めとした騎士団が出向いてくれるため、大した被害はないが、それでも怪我人は後を絶たない。


 ましてやこれから、農民らが聖都に巡礼するとなれば、護衛の任務の量は増える。誰かを守るために戦うことは、敵を殲滅する戦いを行うよりも難しい。

 私は誰かのために戦うほどの力はない。サラお姉ちゃんのような剣の才能はない。だけど、お母さんのように頭を使うことは出来る。これが私の出来ることだ。


「別に護衛なんて__」

 私は気まずさを覚えながら、尋ねる。

「君のお兄ちゃんに頼まれちゃったからね」


 その割には私にべったりのような__。身分が全く違う相手と一緒にいるのは慣れない。悪い人じゃないのだけれど。


 国王、オルダージュ・ブランデーは私の護衛を務めている。国王というやんごとなき立場にある人間が、なぜ私などの護衛を、とアマレットは訝しんでいる。兄の頼みだと言うが、もっとやるべきことがあるだろうに。



「ホスピタルを建てるのは良いと思うけど、君の軍はもう少し武装した方がいいんじゃない?」

 聖戦の勝利によって新たに誕生した都市。その中心で建設中の建物を見ながら、国王が私に言った。


「私の軍は誰かを守ることに特化しています。必要以上の武力は不要です」

 国王のアドバイスなので無下には出来ないと考えたが、勇気をもって私は自分の意見を主張し通した。


「ふうん。そう思うならいいけどさ」

 国王は納得できない様子ではあったものの、それを頭ごなしには否定しなかった。




 その夜、私は喧騒に起こされた。外が慌ただしい。私は急いで服を着て外へ出る。

「アマレット様!お部屋にお戻りください!」


 兵士が外に出ようとする私を押し返す。

「ちょっと!何があったの?」

 状況を理解できない私はその兵士に尋ねた。


「東方民族の襲撃です。赤い絨毯(ピジャージュ)作戦の生き残りだそうです」


 私はその兵士の横から外を見る。火矢が暗い夜を転々と照らし、兵士や市民に刺さっている。


「戦況は!?どうなっているの」

 私は叫んでいった。


「ブランデンブルク軍が抵抗を見せているものの敵の数が多く、劣勢です」


「他の兵士は?どうしたの」

 私は詰め寄って尋ねる。

「皆、病院の建設に従事していたため、訓練不足で連携が取れません。現在は都市民の避難誘導を行っています。アマレット様も避難を」


「避難って__」

 せっかく誰かの傷を癒すための施設を作って来たのに。敵に襲われたらなすすべもなく逃げるなんて。情けなくて涙が出そうになる。国王の言葉が今になって染みてくる。誰かを守るためには力が必要。私を守ってくれていた両親やお兄ちゃんには力があったじゃない。なんでそんなことも気づかなかったのだろう。


 後悔が心を締め付ける。

「アマレット様。私が案内しますので、どうか避難を__ぐわっ」

 私と話していた兵士がうつぶせに倒れ、私に覆いかぶさる。私は受け止めきれず、一緒に倒れる。鎧のせいで苦労はしたが、何とか抜け出した。


 その兵士の背中には矢が刺さっていた。だが、場所は致命的ではないようで、何とか生きている。

「誰か__誰か!!」


 私は必死に助けを呼ぶ。だが、誰も答えてくれない。矢の先に火をつけた弓騎兵がこちらに来る。東方民族だ。急いで逃げようとするが、十代前半の女と馬じゃ、逃げ切れなんてしない。私は囲まれた。


 他の民族なら捕虜にでもなっただろうが、相手は私たち西方諸国が躊躇なく殺していた民族だ。敵兵の目には憎悪がはっきりと見て取れた。


 殺される__私は目を閉じた。すると、立っていられなくなる程の突風が吹き、尻もちをついた。


「目を閉じるな、前を見るんだ」

 私はその声の通りに目を開けた。私へ向けて振り下ろされた剣を、国王が受けて止めていた。


「遅くなった。ごめんね」

 国王は剣を弾き、馬の脚を切った。そして落ちてきた兵士に一刺し。


 明らかに身分が違う服装、立ち居振る舞いに敵兵も気づき、ターゲットを私から国王に移した。


「私が神聖帝国が国王、オルダージュ・ブランデーだ」

 国王が名乗ると同時に、敵兵が一斉に斬りつける。国王は宙に飛んだ。飛来する火の矢を空中でひらりと躱し、着地すると同時に地面を蹴り、敵兵を切り刻んだ。



 一分もかからずに、敵兵は消えた。圧倒的な力を前に私は立ちすくんだ。

「誰かを守るっていうのには力がないとだめなんだ。そして力には責任が伴う。君を守れてよかった」

 国王が言った。


「あの、ブランデンブルク軍が交戦しているらしいのですが」

 私は恐る恐る言った。

「ああ、もう大丈夫。それも片付けておいたから」

 国王はけろっと告げた。信じられなかった。憎悪に満ちた敵の軍団を、彼はたった一人で沈めてしまったのだ。




 その襲撃以降、私は都市の再建と病院の建設と並行して、軍の強化に努めた金銭面はなぜか国王が負担してくれた。理由を聞いても、友人の妹だからとしか言わない。


 力は誰かを傷つける刃になることもあれば、誰かを守る盾ともなる。今回のことで私はそれを知った。もう、目は閉じない。

「順調だね」

「はい」


 だが、目を空けるたびに私の視界には国王が入るようになっていた。





 私の軍は、知らず知らずのうちにヨハネ騎士団と呼ばれるようになっていた。

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