82.英雄
「サラ」
彼女を追い払ってしまった手前、気まずい。
「私を嫌いになったわけではないようですね」
彼女は俺の顔を覗き込むように言った。その頬は膨れている。
「まあ__そりゃあ」
彼女のことを嫌いになるわけなんてない。
「なら私に言えばいいじゃないですか。いつも一人で抱え込んで」
彼女は腕を組んで言った。俺を叱る時のポーズだ。
「だって、サラはキャスおばさんが死んで悲しんでいたし、俺がしたこと、サラには分かってくれないかなって思ったから」
実際、あんな光景を見たら、普通は俺なんかと関わりたくないと思うはずだ。
「確かにキャス様が亡くなって悲しいです。でも私は生きている主を大切にしなければならない。キャス様だってそうおっしゃるに決まってます」
ああ、確かに言いそうだな。自分なんかの死を悲しんでないで、今やるべきことに集中しなさいとか言いそうだ。
「それに、バランタイン様がどうしてあのような行動をしたか、私に分からないとでも?」
彼女は高圧的に言った。
「まあ。そうだね。あんなこと普通の人間なら出来るはずがない」
そう言うと、サラはため息をついた。
「知りたかったのでしょう?自分が何者か。自分の力はいったい何なのか」
サラはぴたりと言い当てた。俺はびっくりして口に手を当てた。
「なんでそんな意外そうな顔をなさるのですか。生まれてからずっと一緒にいるのですよ。これくらい分かって当たり前じゃないですか」
サラの声にはいら立ちがあった。
「それで、サラはどう思ったの?」
「別に何も。なぜ戦うか、自分は何者か、そういうことを大切にするお方なので、理解はできますよ。まあ少し、バランタイン様にこんなことが出来るのかと驚きはしましたが」
サラはあっさりといった。
「それだけ?」
「ええ、それだけです」
「俺は自分が化け物なんじゃないかと心配なのだけど」
俺は自分の本音を吐露した。
「今こうして罪の意識に侵されているのですから、化け物でも何でもないでしょう。それにたとえ化け物でも、バランタイン様を嫌う理由がどこにありますか」
サラは俺にぐっと詰め寄り、目を離さない。
「何をそんなに気にしているのですか。自分が人間じゃないかもしれないということですか。人と違うからですか?」
俺はたじろぐ。
「いや、トロイエも双子の小さい方は忌み子だって言ってたし、俺がそうなんじゃないかって__」
「忌み子だから、なんなんですか!」
サラは俺の足をかける。唐突な、そして正確な技に俺は成すべなく地面に倒れた。サラは俺に馬乗りになる。
「私はっ!バランタイン様が化け物だろうが悪魔だろうが、インセストによって生まれた子であろうがどうだっていいんです!バランタイン様は私の主で、大切な__好きな人なんです。嫌いになったならそれでいいですが、自分が化け物だからとか、そんな理由で離れないでください__」
サラの声が震えている。
「嫌いに__なるわけないよ。サラこそ、なんでそんなこと思うのさ」
彼女をもまた、自分を責めている。だから自分が嫌われたのではないかと不安なのだ。
「だってそれは__私が未熟だったから、バランタイン様の手を煩わせた。バランタイン様が皇帝を目指すと決断されたのに、私はそれに至らない。味方のキャス様も犠牲になってしまった。情けなくて__悔しくて__」
お前もそんなことで自分を責めるな。そう言おうとしたが、まあ実際キャスが死んでいる以上、その言葉は対して意味をなさないだろう。
「サラ。俺があんな残虐なことが出来た理由。実はもう一つあるんだ」
俯く彼女がこちらを見る。
「サラに怪我を負わせて、許せなかったんだ。俺の許嫁をこんな目に遭わせて、皆殺しにしてやるって思った。サラが未熟だって思ったことは一度だってない」
サラの頬に手を触れながら言った。きざなセリフだが、この態勢ではかっこつかないなと、心の中で苦笑いをする。
「本当に?」
「うん」
「随分人間臭いじゃないですか」
彼女の白い歯が見える。俺も笑う。
「バランタイン様。助けてくれてありがとうございました。バランタイン様がどう思うとも、あなたは私の__英雄です」
「俺は、そんないいものじゃないよ」
彼女は首を振る。
「トロイエさんもおっしゃっていましたが、バランタイン様の成したことは、私にとっても、領民にとっても救いそのものです。成し遂げたことにはもっと自信を持ってほしいです」
サラは真面目な顔をして言った。その言葉に心から救われた。英雄か。俺には受け入れられそうもないが、まあ___そう思ってくれる人がいるのも悪くはないか。
化け物だろうが、英雄だろうが、忌み子だろうがどうだっていい。トロイエも含め、俺を俺として見てくれている人がいる。分かっていたはずじゃないか。
世間体を追い求めても、幸せにはなれないということを。そんなものは気楽に生きることの妨げでしかない。
「また、君に救われた」
俺はサラを見上げて言った。暗い空に輝く月が、彼女を照らす。罪が消えることはない。俺がやったことはやはり人間性も欠片もないただの殺戮だ。それでも、俺を認めてくれる人がいることが心強かった。
「私も、バランタイン様に何度も救われました」
そう言って、彼女は唇を重ねた。
「そう言えば、すべて終わったらするって約束しましたよね」
サラは俺の身体をさすりながら言った。身体にむず痒いものが走る。
「さ、サラさん?」
彼女の息が荒いのを感じる。
「ここでしませんか?」
「え?」
待て待て、夜とはいえ、外だぞ?
「いやいや、さすがにだめだよ」
俺はサラをどかそうとする。
「えー。自分は化け物だって言うくせに、こういう所は人間的なんですね」
彼女は膨れる。
「いや、だって恥ずかしいだろ」
彼女をどかそうとするが岩のごとく動かない。
「普段赤ん坊になりきっている人がよく言いますね」
急な爆弾投下に、息が止まりそうになった。
「それはサラが言い出したことで__」
「楽しんでましたよね?」
サラは一歩も引かない。
「まあ、俺は生まれたころからサラに面倒見てもらっていたから」
それこそ、おしめを取り換えられた経験だってある。
「国王様、いやアマレット様辺りが知ったらなんて言うでしょうね?」
心臓が締め上げられる。そんなこと知られたら、友人には馬鹿にされ、兄としての威厳も失われてしまう。
「わ、分かったから」
言うと、サラはにやりと笑った。こいつの方がよっぽど悪魔なのではないか。
俺の衣類は一気に脱がされた。草原の上、月の光によって生み出された人影が重なり合う。
その姿は野性的で、人間性の欠片もなかった。




