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81.罪と罰

「なんだお前か」

サラじゃなかった落胆から、俺は少しとげのある言い方をした。俺は体を地面に投げ出す。

「なんすか、弟子っすよ?大事にして下さいよ」


相変わらず軽い奴だ。だがその軽さが今の俺にはちょうど良い。

「なあ、俺が森の中でしたこと、知ってるか?」


俺は気になって尋ねた。あの惨状がブランデンブルクの軍にの目に入れば、俺は冷酷な領主として見られることは間違いない。


「ええ。知ってるっす」

彼はあっさりと答えた。そうか、善良な領主の子息であるというイメージはこれで終わりか。


「でも、知っているのはおいらとサラさんだけっす」

意外な返答に、俺は起き上がって彼の目を見る。


「どうして」

「兄貴が森に入った後、軍はあっさり敵を倒したんすよ。化け物がいない森の民なんて大したことないすから。その後、俺は師匠を追いかけたんです。他の兵は重装備だったんで、付いてくる人はいませんでした」


 彼は俺の隣に胡坐をかいて座った。



「死体はすべて燃やしました。サラさんはこのことは秘密にと言ってきたので、あのことは誰にも言ってないっす」

 


「どう思った?」

俺は夜空を見ながら尋ねた。糾弾されるのが怖くて、トロイエの方を見ることはできない。

「なんとも。兄貴のことなんで何か理由があるんだろうなとは思ったっす」


トロイエはあっさりといった。俺に気を遣っているのか?ふつふつとどうにも言い難い感情に突き動かされる。

「嘘つくんじゃねえよ!あんなことして___なんとも思わないわけねえじゃねえかよ。あんなことして、許されるわけない。責めてくれよ!俺のこと見下してくれよ!」


俺は力の限り叫んだ。罪の意識が俺を支配する。


「責めれるわけないじゃないっすか。兄貴は俺たちの英雄ですよ」

トロイエは落ち着いた口調で、だが強い意志を感じる言葉を放った。


「英雄?」

俺は自分の耳を疑い、聞き返す。


「そうっすよ。聖戦から帰ってきてすぐに戦い勝利を掴んだ。兄貴がいなかったら負けてたんすよ?結局キャスさんは死んじゃいましたけど、兄貴がいなかったら俺たちみんな皆殺しです」


 俺は何も答えることが出来ない。トロイエは続ける。


「どっちにしたって俺たちが勝ったら敵を皆殺しにするのは決まっていたんすよ?確かに殺し方はむごかったすけど、俺達がやらなくちゃいけない汚れ仕事を兄貴が引き受けてくれた。軍のみんなは兄貴のこと尊敬してるんすよ」


 トロイエはまくしたてるように言った。俺が自分を責めるのを許さないと言った具合に。

「それでも、俺は自分のしたことを許せない。俺は罪深すぎるんだ」


結局殺すかどうかは関係ない。俺は自分の意志で、自分が何者かを知りたいというエゴであの殺戮を行った。罰が、俺の犯した罪に対する罰が欲しい。


「罪なんて誰でも持ってるっすよ!それでも戦って何かする人がすごいんすよ!」


「お前に何が分かる!」

俺はトロイエに掴みかかった。


「おいらだって罪の一つや二つあるっすよ」

「妊婦の腹を裂くこと以上にか!?言ってみろよ!」


沈黙。彼は黙る。やはり、口だけだ。俺を元気づけるため、ついた嘘だ。そう思ったが彼はゆっくりと低い声で言った。


「おいらは__妹を殺しました」




「は?」


予想以上に重いカミングアウトに、俺は手を離してしまった。



「話しても__いいすか?」

トロイエは服を整え、言った。俺は黙る。彼はそれを肯定と捉えたようで、その続きを話す。


「おいらと妹は双子だったんす。知っての通り、双子の下は忌み子と言われていて、災いをもたらすと言われているんすよ。だからおいらが生まれた時、妹は殺されました。おいらが生きて妹が死んだ。おいらが殺したんです」

周知の事実のように彼は告げたが、双子の意味など知らなかった。この世界の双子にそのよう悪評があったとは。


「だからおいらは生きないといけない。生きて親孝行して、ブランデンブルクに貢献する。それがおいらの罰です」

普段のちゃらけているトロイエの真剣な声色に、俺は自然と耳を傾ける。


「兄貴はすごいっす。母ちゃんから聞きましたけど、兄貴も双子だったんでしょ?でも妹を殺さずに一緒に生きている。兄貴は戦うことを選んだんです」


バランタインの民衆には、俺とサラは年の離れた兄弟ということになっている。大人と変わらない体つきの俺と、普通の成長速度のアマレット。誰もそれを疑う者はいない。母や父の幼馴染であったソーニャを除いては。


彼は羨望のまなざしを俺に向ける。口だけではない、本音を感じさせる瞳だ。だが、彼は大きな勘違いをしている。


「残念だけど、俺は__君の憧れにはなれないよ」

「どういうことすか?」

彼は首を傾げる。


「俺が忌み子だとしたら__どうする?」

この世界における双子の認識によれば、災いをもたらすのは俺だ。彼が本当に尊敬すべきは、俺ではなくアマレットだ。


「どういうことすか?」

「俺が弟だ。父上の計らいによって俺が兄として公表された。お前の言うことが正しければ、忌み子は俺ということになる」


 俺は包み隠さず話した。これでもう反論は出来まい。俺は化け物だ。そうであってほしいとまで思っている。あんな残虐なことが出来るのは、俺が化け物だからに決まっている。そうだ。俺を責めてくれ。嫌ってくれ。否定してくれ。


 殺してくれ___



「ええ!?じゃあ双子の悪評ってデマだったんすね!」


彼の反応は予想だにしないものだった。


「何を言ってるんだよ。森の民を残虐に殺し尽くした。俺が忌み子なんだよ」

「そんな訳ないじゃないすか。兄貴がいつ俺たちに災いをもたらしました?さっきも言ったでしょ、兄貴は英雄だって」



 どうなっているんだよ。俺は英雄なんかじゃない。あんなことをした人間を、どうして英雄と呼ぶことが出来ようか。

「お前、おかしいぞ」

俺は彼に言った。


「兄貴だって、どうして自分をそんなに否定したいのか、おいらには分からないっす。俺達を助けて敵を駆逐した。そのやり方が冷酷だった。おいらや他のみんなが兄貴を嫌う理由なんてありますかね」


「お前何言って__」

「あっ、さーせん。この後軍のみんなと酒を飲むんすよ。来ます?」


彼は俺の言葉を遮って言った。俺の悩みはそんなにちっぽけなのか?なんだか惨めな気分になってくる。


「いや、いい」

俺は力なく断った。

「そっすか。残念っす。来たくなったら来てくださいね!」


そう言って彼は言ってしまった。俺の悩みも置いてけぼりになったような気分だ。


「何なんだよ___」

俺は呟く。


「バランタイン様ほど人間らしい方はいませんからね」

間抜けに突っ立つ俺に声を掛けたのはサラだった。







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