79.人間
※かなりの残酷描写がございます。ご注意ください。
-バランタイン-
「少し待っててくれ」
気を失うサラをその場に横たえ、頬に口づけをする。服はボロボロだが、不幸中の幸いか未遂だったようで、俺は胸を撫でおろす。
安堵の後に現れたのは、激しい怒りだった。だが先ほどの戦闘を経た俺は、怒りに任せ暴れるのではなく、どうすれば最も確実に、そして効率よく全員を殺せるかの道筋をたてていた。
魔力を巡らし、五感の感度を上げる。こちらに明確に殺意を持つ戦士が約50人、赤ん坊や手長男のような異形が一人、非戦闘員が200人といったところか。よくもまあこんな森の中に集落が発展したものだな。木と木の間には橋がかけられ、地面から離れた場所に家が建てられている。
皆殺しだ。例外はない。だが、まずは___
俺は目の前の裸の男、族長を睨む。こいつも殺すが、聞きたいことがある。こいつを殺すのは後回しだな。俺は敵の剣を拾う、そして玉を蹴り上げ、近くの木に叩きつける。拾った剣は肩に刺し、木に拘束する。
「待ってろ」
自分の剣を抜き、魔力を込める。魔女の力という俺と同じ力を持つ森の民に対し、格の違いを見せておく。俺は自分の周りいる戦士から順番に、円を描くように殺していく。こうすることによってサラの安全を確保できる。
俺はまた、自分を鳥の目で見ていた。何も感じることなく、きわめて淡々と命を奪う自分を見下ろしていた。いよいよ人じゃなくなってきたなと内心笑いつつ、俺は円を広げていく。途中、右手と左手が逆の男と相対したが、それも俺の円を作る作業の邪魔にはならなかった。一太刀。他の戦士と何ら変わりはない。
十分もしないうちに、俺は森の民の戦士を壊滅させた。俺は族長の所に戻る。族長は長座位という、尻を地面につけ足を真っすぐ伸ばした状態で木に拘束されている。
「お前の所の戦士はもういない。聞きたいことがあるのだが、いいか?」
族長は俺を睨みつける。仮にも森の民という蛮族を統括する長、それなりの精神はあるようだ。
「一つ目。なぜブランデンブルクにここまで執着する?」
この質問にはあっさりと答えた。
「森の民は__もう森で暮らすには人口が増えすぎた。だから多くの穀物を作るあの地が欲しかった」
以前母上が予想した通りの答えだ。彼女の洞察力に驚きながら、俺は次の質問に移る。
「もう一つ、さっき殺した左右の手が逆のやつとか、あのでかい赤ん坊。それと手が異常に長い奴。ああいうのはどうやって作っているんだ?」
魔女の力。アクア教における禁忌の力。俺にとっての魔力。名称はどうでもいいが、それが何なのかを知りたい。
「自然の女神より賜った大いなる自然の力だ。お主らのような異教徒に教えることなど___ぐああああ!!」
俺は族長の足を踏みつけた。踵を支点につま先がぐにゃりと曲がり、足首が割ける。
「お前らの宗教観なんてどうでもいいんだよ」
俺はもう片方の足の甲に自分の足をのせる。
「やめろ、やめてくれ。あれは我の親族に、我の種を与えて出来たもの。多くは死ぬが、上手くいけば大いなる自然の女神の祝福を扱う存在となる」
嫌な考えが頭にこびりつく。やはり、インセストなのか?俺も、あの化け物たちと同じなのか?
「じゃあ、お前らにもその自然の女神の祝福ってやつがあるのは何故だ?」
言うと、族長は考え込む。
「森の民は元来、部族間の交流はない。外の血を入れない、孤立した部族は多くの場合力を得て、周りの部族を従える。しかしやがて跡継ぎが潰える、というのが我らの歴史だ」
なんてことだ。これは俺の最悪の予想の裏付けとなる。外の血を入れないということは、魔力を持つ人間、そしてその量が増えていくということだ。魔力を持った部族はその力で他の部族を従え、やがてはその魔力のせいで部族は崩壊する。今、ブランデー家が直面している問題と全く同じではないか。
疑問が確信に変わる。それに応じて不快感が身体を包む。
「お主は異教徒ながら、自然の女神の加護を賜った選ばれし人間なのだよ」
黙れ__黙れ。
俺は族長の首を切り落とした。
だが、怒りと不快感はまだ収まらない。残りは非戦闘員。女や子供、老人か。そういえば、キャスおばさんはどうしたのか?まあいい。あの人のことだ。上手くやっているはず。
どちらにせよ、サラを傷つけた代償は、森の民の根絶でペイしてやろう。そして確認しなければ、俺の力が一体何なのか。
住居が多い場所に移動する。守備隊の戦士を片付ける。子供や老人、女性が怯えた目をこちらに向けている。ふと、だいぶお腹が大きくなった妊婦が目についた。本人から、そして何より大きく膨らんだ腹からかなりの量の魔力を感じる。よく見ると、女性の顔立ちはあの族長によく似ている。
確認しないと___
俺はその女に飛びかかる。命を抱える女は腹を守りつつ、その場に倒れた。俺はその場で女に馬乗りになり、剣を抜く。
確認しないと__確認しないと___
俺は人間だ。化け物なんかじゃない。人間なんだ。俺が人間だってことを証明するために、こいつの腹を裂かねば。見なければ。
俯瞰で、自分が見える。無抵抗な妊婦に剣を向ける何かがそこに写る。
ああ、俺はもともと、化け物じゃないか。
悲鳴が森の静寂を切り裂く。
-サラ-
「バランタイン様?」
すこし軽くなった身体を先ほどの悲鳴の方へ持っていく。
緑が深い森の中で一か所、明るい血が目に映る場所があった。そこで、私の好きな人は、苦しそうな嗚咽を漏らしていた。
彼の後ろからそっと歩み寄ろうとする。すると彼は、素早く剣を抜き、剣を向けた。こちらに気づくと、その剣を落とし、膝から崩れ落ちた。
「俺、変わってしまったよ。サラ」
赤に染まった顔が沈痛な表情をする。
「ごめんなさい。ごめんなさい!」
彼は何かにずっと謝っていた。近くには腹の割かれた女性たちが何人もいた。何かを探しているように腹は雑に開かれていた。
これは、悪魔か何かの仕業だ。だが、罪の意識に苦しむその姿は、人間だった。
私は彼を抱きしめた。彼は私の胸で泣いた。ずっと、ずっと泣いていた。
やがて疲れ切り、彼は私の胸で眠った。




