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77.玩具

-サラ-


これは、まずい。


眼前には昨日のあの赤ん坊がいる。私が切り落とした手はなぜか元に戻っていた。この化け物は、襲撃に参加していたのではないのか?まさか、こちらの動きが読まれているのか?


 敵の本拠地は発見できた。族長らしき人間もいる。恐らくだが、あの族長は強くない。殺すのは容易だろう。


 きゃっきゃ!きゃっきゃ!


 赤ん坊が笑い声を森に響かす。こちらを遊び相手だと思っているのだろう。キャス様も私も隙があればいつでも切り込めるように神経をとがらせているのだが、その殺気もこの化け物には何の意味もない。


 笑い声を聞いた森の民の戦士が集まってくる。四面楚歌。私たちは囲まれてしまった。



 バランタイン様がいれば___いや、今それを言っても仕方がない。あの人は自覚がないようだが、最近、目覚ましく成長している。剣の腕も何もかもが、以前とは比較にならない。


 私も頑張らねば。皇帝になると言ったあの人に相応しい人間にならねば。こんなところで、死ぬわけにはいかない。


「あなたが死んでも私は目的を果たす。あなたも___分かっているわよね?」

「はい」


キャス様の確認に返事をする。ラムファード家の使用人、そして騎士としての定めだ。



「私はこいつを、キャス様は周りの雑魚を」

背中合わせになりながらコミュニケーションを取る。無言。了解という意味だ。


 膠着状態。後手は取りたくないが、動きを読まれたくもない。すると朝日が昇っていくことによって生じた刹那の木漏れ日が、剣にあたる。私は手首の角度を少しだけ変える。反射した光が赤ん坊の目に入る。

 瞬き__



 私は地面を蹴り、真横に飛ぶ。身体を反転させ、近くにある木を足蹴に、赤ん坊の側面から切りかかる。だが、浅い__赤ん坊の脇腹から赤が垂れる。


 赤ん坊は一瞬、状況を理解できないと言った表情をしたが、その後痛みに気づく。眉間にしわが寄る。なく__私は耳を塞いだ。


 びやああああああ


 ヒステリックな金切り声が脳を引き裂く。やはり慣れない。森の民の戦士もたまらず耳を塞ぐが、この中で唯一変わらず動いていたのはキャス様だった。

 味方の赤ん坊に機動力を奪われた森の民の兵士を彼女は順番に刺し殺してく。もう現役ではないと口では言っているが、その剣さばきは惚れ惚れする。私の憧れだ。


 私は手を耳から離した。まだ金切り声は止まないが、今がチャンスだ。こいつは人間じゃない。泣き声が人間のようなだけの、何かだ。

 私は赤ん坊の斜め後ろに移動し、死角から急所を狙った。かつて怒りに任せてフランチェスコに襲い掛かった時のように。あの時と同じような動きが、今は意識的にできる。いける__そう確信したが、剣は無常にも、赤ん坊に受け止められた。


 赤ん坊の手の平からは血が出ている。だが、赤ん坊は痛がる様子もなく、握る。その目にはおよそ生後間もない生き物が宿すにはありえない、憎悪があった。

 私の身体はその剣にぶら下がっている。力を込め、剣を奪い返そうとするが、敵はそれを手放さない。むしろもっと強く握り、いたずらに振り回す。私の身体も四方八方へと揺さぶられ、背骨がぽきぽきと鳴る。


 それでも離さない__この剣はバランタイン様にもらったものだから。忠誠のしるしだから。


「サラ!」


キャス様の叫び声の方を向くと、彼女は私が切った脇腹の反対側からレイピアを突き立てていた。


ぎゃあああ


赤ん坊はたまらず、持っていた剣を投げた。私は剣とともに近くの木に叩きつけられた。息が出来ない__

あばらが何本か折れたらしい。

 キャス様も吹き飛ばされ、森の民へ囲まれる。赤ん坊はこちらを向く。関心はまだあちらに移ってないらしい。


 立ち上がろうとするが、足も折れていることに気づく。痛みには耐えられるが、片足では上手く立ち上がれない。赤ん坊が四つん這いでこちらに寄るおもちゃで遊ぶように、私を叩く。私はまた吹き飛ばされ、地面に倒れる。

 呼吸が乱れる。口でも鼻でもうまく吸えない。赤ん坊はキャッキャと笑い、こっちに来て、私で遊ぶ。まだ腹にキャス様の剣が刺さっている。


 何度も叩きつけられ、意識がなくなっていく。すると、赤ん坊の動きが止まった。どうやら飽きたらしい。だが、赤ん坊の表情が明るくなることはない。唇は一文字となり、ご機嫌斜めだ。


 早く逃げなければ。多分、遊んでお腹が空いたのだ。アマレット様が小さい頃も同じようなぐずり方をしていた。


 だが私の身体はもう言うことを聞かない。どこを動かしても軋むような感覚を覚える。剣に手を伸ばそうとするが届かない。


 赤ん坊は地面に倒れる私を見て、よだれを垂らす。そして手で私をつまみ上げるわけでもなく、獣のように私に嚙みつこうとする。赤ん坊の見た目なのに歯がきれいに生えそろっているのが気味悪く感じる。


 死ぬ__。恐怖が必死に体を動かそうとするがそれでも動けない。嫌だ__死にたくない。


 

 私の腹に強い衝撃を覚えた。折れたあばらが肉に食い込む。だが、死んでじゃいない。


「逃げなさい」

キャス様が私を蹴り飛ばした。生きていたという安堵よりも先に、私の脳は目の前の景色の理解にリソースを割いた。

 キャス様は__上半身の右半分を食い破られていた。



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