75.奇襲作戦
「敵の族長を殺す」
ブランデンブルクがこの戦争において領地を失わずに済む方法はこれしか残されていない。既に軍はほとんど壊滅。残された兵をかき集めても足止め程度にしかならない。
「同意です」
キャスが答え、サラ、トロイエも頷く。
「敵は自分たちの優勢を自覚しているはずです。そろそろ本腰を入れてこの村まで進撃してもいい頃合いだと思っているはず。だから僕たちはその裏を突き、敵が進軍してきたタイミングで数人が森に侵入し、族長を暗殺します」
この村への進軍に本腰を入れるとなれば、敵の警備は手薄になるだろう。
「問題は誰が行くか、ですね」
サラが首を傾げる。暗殺という最も危険な役割は誰にとっても難しい。
「個人の武力で森の民の戦闘員とまともに戦えるのはこの4人だけです。2人がこの村で守備に回り、2人が暗殺役が適切かと思います」
皆頷く。知らぬ間に戦術的な思考が出来るようになってきている。
サラと目が合う。俺が心配なのだろう。だが、勝つためには私情を捨て、最も有効な人員配置にしなければならない。俺は首を振った。サラはしぶしぶ頷いた。
「おいらはここに残るっす。生まれたこの村を守りたい」
トロイエは言った。それにキャスが付け加える。
「私もそれがいいと思います。彼は強いですし、慕われています。彼が守備隊の先頭で戦う限り士気は維持されます」
随分とキャスの評価が高いようだ。それもそうか、俺達が来るまでの間この2人は戦い続けていたのだから。
「分かった。ではそうしましょう」
「あざっす!」
トロイエが礼を言う。
「そしてもう1人、ここに残るのは僕。暗殺はサラとキャスおばさんに行ってもらいます」
俺はキャスとサラを見る。
「てっきりバランタイン様が行くのかと」
キャスは意外といった感じで尋ねた。
「最初は僕もそう考えていましたが、僕が奴らを探知できるように敵も僕の位置を把握しています。敵が最も警戒しているのは僕のはず。だから守備隊に入ることで、敵をより引き付けることが出来ると考えてました」
暗殺の成功のためには、敵の戦力を出来るだけ引き付けておく必要がある。俺の魔力を陽動に使うことで暗殺の可能性を引き上げることが出来る。
それにおそらく俺が暗殺に加わっても、魔力を使う際に居所がばれる。この力は暗殺には不向きなのだ。
『なるほど』
他の皆は納得したように言った。
「これで、異論はないですね?」
皆頷く。
「やることは決まりました、敵は恐らく朝方に襲ってくるはず。人員の整備は済んでおりますので、今は休みましょう」
キャスが作戦会議を締めた。
キャスとトロイエは睡眠不足だったようで、会議が終わるとすぐに眠りについた。
「サラちゃん。ちょっといいかしら?」
ソーニャがひょこっと顔を出してサラを呼ぶ。
「はい。何でしょう」
サラが立ち上がってそちらへ行く。何か仕事だろうか。
「バランタイン様はだめよ」
サラについて行こうとした俺をソーニャは制止した。
「怪我人なのですから、安静にしててください」
そう言われ、言い返す言葉もなく俺は床についた。
1時間後、サラは俺の寝室にやってきた。
「あれ、もういいの?」
寝ぼけた眼を擦りながら、尋ねる。
「はい、大した用ではなかったので」
「本当に?」
少し気になっていたので追求する。
「ええ、何も」
あ、嘘だ。サラとくっついてから、彼女の癖が少しづつ見えてきた。彼女は嘘をつくとき、瞬きの数が増える傾向にある。とはいっても他の人には見抜くことはできないだろう。敵を欺くことも騎士としての能力のひとつであるため、彼女のブラフは完成度が非常に高い。
「そうか、ならよかった」
だが、別に後ろめたいことではなさそうだったので、俺はこれ以上追求しなかった。
「一緒に寝る?」
俺は寝ながら後ずさりし、一人分のスペースを空ける。
「絶対しますよね?」
疑いの目を俺に向ける。
「するね」
即答。
「じゃあだめです。明日に備えて休んでください」
「分かったよ」
サラならそう言うと思った。予想通りではあるが少し残念だ。
「終わったらたくさんしましょう」
サラは俺の耳にささやいた。おいおいそれは逆効果だと思うぞ?今すぐ押し倒したい気持ちをぐっとこらえ、俺は頷いた。
「おやすみなさい」
彼女の赤くなった顔が瞼に焼き付き、悶々とした気持ちを持ちながらも、俺は眠りについた。
日の出の数時間前、俺は自然と目が覚めた。眠気はない。肩の痛みは多少残っているものの、力を入れるのには苦労しなさそうだ。アドレナリンが分泌されれば気にならないだろう。
俺は起き上がり、作戦会議を行った場所に移動する。既に全員が揃っていた。それぞれの顔は普段と特段変わらないものの、緊張感が張り詰めていた。
「餞別よ」
ソーニャはとても良い匂いのするスープを持ってきて、それを皆に振舞った。俺は一心不乱にそれを食べた。
「サラちゃんが手伝ってくれたのよ」
そう言われて思い出した。これは以前この家に来たときにも振舞ってもらったあのスープだ。サラがまだ少女だった頃。少し感激するような気持で、味わうようにそれをすすった。
このためにサラを手伝わせたわけか。なるほど、極上の餞別だ。
「バランタイン様は変わらないですね」
サラは俺を見てそう言った。
「私がいますので安心してください」
作戦開始前に、キャスが俺に話しかけた。サラのことを心配している俺を気遣ってくれているのだろう。
「僕が言える立場ではないかもしれませんが、お願いします」
これから敵地へ向かう2人に申し訳なさを覚える。
「そちらも無理をなさらないように。目的は暗殺ですので」
そうだ、この作戦の本筋は敵の族長を殺すこと。敵の本隊を撃破することではない。しかしこちらが派手に立ち回らなければ敵の注意を引くことはできない。難しい塩梅が求められるわけだ。
「バランタイン様」
サラが俺に抱き着く。俺も負けじと強く抱きしめる。
「必ず帰ってきて」
「もちろんです」
サラは俺の胸にうずくまり、俺は彼女の頭を撫でる。
「行ってまいります」
サラとキャスはそよ風を作りながら、森へと入っていく。
「行きましょう。兄貴」
「ああ」
俺とトロイエは大隊一つ分。約百名のブランデンブルク軍とともに待機する。朝日を背に敵がやってくる。
威嚇を兼ね、魔力を大きく放出する。こっちに注目しろ。お前らの敵は俺だ。




