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74.魔女の力

 肉塊は拳を振り下ろす。剣を納めていたため腕でそれを受け止めた。振り下ろされた腕は何とか止められた。背骨が軋む音が聞こえる。ぬかるんだ足元は踏ん張るには適していない。


「サラ!」

俺が合図するのと同時に、サラは怪物の手を切り落とした。


ぎゆぃあああああ


ヒステリックで甲高い叫び声が森に響き渡る。図体は人外であるのに泣き声は人間のそれと同じだ。耳を切り裂くような音が頭痛を引き起こす。赤ん坊の泣き声というのはなぜこんなにも人を不安にさせるんだ。

「ううっ」

腕を切り落としたサラも精神的に少し参っているようだ。それもそうだ、彼女は赤ん坊だった俺やアマレットの面倒を見ている。肉親ではなくとも育児に参加するというのは多少なりとも母性本能を刺激させる。


「兄貴!サラさん!」

トロイエが駆け寄る。彼は赤ん坊のヒステリックを気にも留めていないようだ。


「こいつ...!」

トロイエは怪物の下に潜り込む。

「ふんぬっ!」

トロイエは怪物を踏ん張りながらも持ち上げた。生身の人間とは思えない馬鹿力だ。


「どっかいけ、このバケモンが!」

トロイエは巨大な赤ん坊を森の民の方へと投げ返した。敵陣は巨大な投擲物に混乱している。


「ここはいったん退きましょう!」

サラが叫ぶ。同感だ。敵が不気味すぎる。


俺達は背を向け先ほどの村へと逃げ帰った。




「なんなんだよ。あれ」

俺は先ほどの村でサラに治療をしてもらっている。先ほどの一撃を受けた際に、肩を負傷した。魔力もしっかりと纏っていたのだが、それでも不十分だったようだ。

「あれが森の民の本隊っす」

トロイエは牛乳をがぶ飲みして答える。


「元気だな、お前」

長時間の戦闘を続けていたというのに、こいつはけろっとしている。負傷した俺が情けなくなってくる。

「体力と力だけが取り柄っす」

彼は力こぶを作る。


「こら、トロイエ。領主様に失礼よ」

母親のソーニャが息子を叱る。口ではそう言うが無事に帰って来た息子を見て心底安心したのだろう。帰還した際には少し目が潤んでいた。


「いえ、大丈夫ですよ。彼がいなければ危ないところでした」

あの怪物を相手にするのは骨が折れそうだ。

「申し訳ありません、お役に立てず」

サラは俺の治療をしながら言った。赤ん坊のヒステリックな泣き声に狼狽えたことを気にしているようだ。

「しょうがないよ。俺も何もできなかったし」



「それにしても、お前よく動けたな」

赤ん坊の泣き声もそうだが、単純にあれは強い。身体的にも魔力的にも怪物そのものだ。

「おいらはその辺疎いですから」


トロイエは一瞬、悲しそうな表情をした。そしてそれを見た母親も。何か過去があるのだろうか。だが、それにわざわざ首を突っ込むほど、俺はお人よしではない。


「バランタイン様、サラ、トロイエさんよくぞご無事で」

俺達がいるソーニャの家にキャスが入ってきた。少なくなった軍の再編成を行っていたそうだ。



「キャスおばさん__。こんなことになっていたとは。もっと早く帰るべきでした」

俺は領主一族としてキャスやトロイエ、ソーニャに謝罪した。


「仕方ありませんよ。森の民がここまで急激に成長するなんて誰も思っていませんでしたから。それにキャスさんや軍をこちらに残しおかげで、現状領民の安全は確保されています。顔を上げてください」

ソーニャが代表して返答した。実際かなりの軍事力をブランデンブルクに残した。弱小国家なら潰せるだけの量だ。しかしその軍が壊滅とは__。俺やサラと帯同した中隊も失ってしまった。



「申し訳ありません。私の力不足です」

続いて、キャスは俺に謝罪した。

「大丈夫、こればっかりはしょうがない。それでこの後の作戦は?」


「常備軍は半数が死亡。残った半数も満身創痍。これ以上の襲撃は耐えられません」

キャスは声色を変えずに言った。絶望的状況だが悲観していても仕方がない。彼女は今できることに焦点を当てている。


「敵の情報は?」

「斥候によると、森の民は族長の下で連携しているようです」


「族長?」

森の民は元来、複数の部族が対立している状況だったはず。だからこそ今までは小競り合い程度だった。彼らが連携をしていたのは、俺が生まれて間もない頃くらいだ。


「ええ、現在森の民を統括している部族では、子孫を残す際に特殊な習わしがあるそうで__。それによってあの巨大な赤ん坊を生み出しているとのことです」

「特殊な習わし__」


 ああ、嫌な考えが頭にこびりつく。国王のことが思い出された。禁忌の力__。そうでないことを祈るばかりだ。そうであったとしたら俺と国王はあの赤ん坊と同じということになるな。


「バランタイン様」

サラが俺の手を掴む。

「大丈夫です。バランタイン様はバランタイン様ですから」

俺の負の感情を察知し、元気づけてくれる。彼女がいてくれて本当にありがたい。


「あらあら」

ソーニャがキャスと目を合わせる。なんでこう女性陣には俺とサラの関係がこんなにもすぐにばれるのだろう。


「サラ。騎士であり淑女であるのですから、人前では振る舞いに気を付けるように」

キャスはいつもの口調でサラに注意をする。


「申し訳ありません」

サラは手を離し頭を下げた。

「まあ、気持ちは分かりますけどね。おめでとう」

キャスはサラの頭を撫でる。普段厳しい彼女からの祝福にサラは笑みをこぼす。


「ありがとうございます」

サラが言った。キャスも微笑む。



「では気を取り直して、今後の作戦を話し合いましょう」

キャスが手を叩き、俺達は気を引き締める。圧倒的な戦力不足この状況では策略が重要だ。



戦力差を埋める最も有効な方法__奇襲作戦について俺たちは互いの意見を交換しあった。

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