73.肉
「サラ」
「分かっています」
俺とサラは警戒の色を強める。森の奥から迫りくるプレッシャーが心臓を縮めるような感覚をもたらす。
「とりあえず、目の前のこいつらを」
「了解」
俺とサラ、そして中隊は戦闘に移り、対面する敵を蹴散らす。中隊は聖戦を経験しただけあって、隊列を崩すことはなかった。10分と掛からず敵は葬った。だが__
「兄貴!まずいっす!早いとこ逃げましょう!」
あ、兄貴?トロイエはそう言った。まだ弟子を取ると決めていないのに。それに師匠呼びじゃないのかよ。
だが、トロイエもサラや俺と同様、迫りくる敵に気づいているらしい。
「これはいったい何なんだ?」
俺はトロイエに尋ねる。
「森の民の本隊っす。最近は雑魚の兵で村を襲撃し、ブランデンブルクの軍が対応したところで本隊が合流するという戦略を取ってきています」
なるほど、つまり目の前にいるこいつらは囮で、この後来る奴らが本命ということか。
「雑魚兵を無視するわけにもいかず、ブランデンブルク軍は悉く壊滅させられました。ウィンストン隊長がいたのでなんとか食い止められていたんですけど、この量は__」
「普段と違うのか?」
「ええ、全く。桁違いっす」
もしや__俺の魔力が奴らを刺激したのか?だとしたら俺が帰って来たことで、領民を危険にさらすかもしれない。
「迎撃する」
俺はそう言うと、中隊は改めて戦闘隊形を形成した。
「兄貴!無茶っす。ここは退きましょう。奴ら妙な力を__魔女の力とかいうそうですが__を使ってきます。いくら兄貴でもあの量相手じゃ」
トロイエは俺を制止する。
「俺が撤退すれば奴らは村まで追ってくるかもしれない。それに魔女の力は俺にとっては大した脅威じゃない」
魔女の力、魔力、禁忌の力、祝福。言い方はどうでもいいが、ずっと相手取ってきたものだ。未だによくわかっていない力であり、俺に授けられたもの。ここで退くわけにはいかない。
「強くなりましたね」
サラにこやかに言う。
「戦う理由があるから」
これは聖戦とは違う。守るべきものが明確にある。
「兄貴__かっこいいっす!」
「トロイエ。お前は下がっててもいいぞ」
彼は俺たちが合流する前からずっと戦っているらしい。疲労は計り知れないはずだ。
「何言ってんすか。憧れの人と戦えるんすよ?退くわけないじゃないすか」
彼は白い歯を見せて笑った。なんだか軽いやつだが、嫌いではない。
「分かった。無理はするな」
「あざっす」
「来る」
正面から敵影が見える。あの時と同じ、大きな動物を引き連れている。黒っぽくてしっぽが細い奴と、耳が長い奴。ネズミとウサギか。さしずめ足の速い動物を突っ込ませて本隊がその間に距離を詰めるという作戦だろう。
「おいらが左のやつを」
「私は右を」
トロイエがネズミを担当し、サラがウサギを相手取る。
「中隊、用意は良いか?」
中隊は槍を構え密集する。古の戦術、ファランクスだ。
敵の原生生物二体が突進する、トロイエとサラも前に出てそれを剣で食い止める。俺と中隊はその間を通り抜けて進んでいく。濃霧が場を覆う。
俺はハリネズミのような中隊の先にいる。騎士が前線に立たねば示しがつかないためだ。俺は魔力を込め、敵陣に突っ込む。敵兵は百人ほど。先ほどと比べ動きが全く違う。剣を止められる。まばらではあるが、敵は魔力を纏っている。
魔力が見えない相手に対しては、相手の予想以上の速度と強度で攻撃できるというのが魔力の最大のメリットである。だが相手も魔力を持っているとなるとお互いに手の内を見せるという状態になり、魔力を有することの優位性は消失する。不意打ちの要素がなくなるという訳だ。
しかし、魔力の絶対量は俺の方がはるかに上だ。馬力も剣の技術も違う。そして何も一人一人真面目に相手する必要はない、アキレス腱を切れば相手は倒れ、後に続くファランクスが処理してくれる。
問題なさそうだな__そう思っていたが戦況は一瞬にしてひっくり返された。
劣勢を自覚した敵兵は後ろに引きながら、後ろに控える何かを前線に押し出してきた。醜い__赤ん坊の形をしたおぞましい何かが出てきた。敵兵はそれを前線に置くと自分達は即座に退散した。
目の前にあるのは巨大な肉塊__身長は3メートルに近く、体に脂肪が覆いかぶさっている。ハイハイをするたびにその脂肪が波打って揺れる。
戦慄する。魔力の量がとてつもないのだ。この肉塊は___俺や国王よりも多い。見た目以上の底知れなさがあるのだ。こちらに向かい四つん這いで近づいてくる。
バン!と銃声のような音が耳に入る。が、音を認識するのと同時点で俺は決死の思いで、自分の横に身を投げ出した。爆発音のような音が銃声の後に響く。
何が起きたのか__。いや、俺は見えていた。見えていたが、信じたくなかったのだ。
肉塊はその巨体に魔力をたっぷりと流し、信じられない速度で突っ込んできた。俺は自分の後ろを見る。ファランクスが崩壊していた。ハリネズミは弾け飛んだ。針など、この赤ん坊の前では玩具同然だ。
中隊の半分は肉片となり即死、板金鎧は粉々だ。直撃免れても砕けた鎧が散弾銃のようになり、周りの兵士にもかなりの損害を与えている。
あーう
その肉塊は生き残った兵士をつまみ上げ、口に放り込んだ。
ごりっごりっ
金属が砕ける音なのか、もしくは全身の骨が砕ける音なのか。聞くに堪えない咀嚼音を鳴らす。俺の恐怖心からか、よく聞こえる。悪寒が体を走り抜ける。
身体の感覚器官すべてが危険信号を発している。逃げろと。そうしよう。この図体なら追っては来れないだろう。幸い、こいつはご飯に夢中だ。
肉塊の横をそっと抜け、サラやトロイエの方に戻る。心臓は跳ね、息は浅くなる。お願いだからこっちに気づくな、そう願いながら横切る。
横を通って少し離れたら、俺は全力でサラの方へと戻った。既に二人は原生生物を始末したようだ。
「逃げるぞ」
俺は2人を見るなりそう言った。
「何を見たのです。顔色が__」
サラが俺に言った。濃霧により視界は著しく悪い。
「この世の物じゃない。早く」
俺はサラの手を取り、急いでその場から去ろうとした。
「兄貴!後ろ!」
トロイエの声に反応し振り返る。
あうー
肉塊は喃語を発しながら俺たちに襲い掛かった。




