72.動き出した敵
第五章 森の民編
「なんで、こんなことに__」
訓練されているはずのブランデンブルク軍には死傷者が多く出ていた。空は黒く、ところどころに火柱が上がっている。
俺とサラはブランデンブルク城近くの村に急いだ。そこは以前サラとトラを撃退した村だ。
「キャスおばさん__」
統率力があり、自身も強い彼女がいてなぜこのような状態なのか、俺には一切理解できないでいた。彼女はどこにいるんだ?
「サラ、ここは二つに分かれて情報収集だ」
「はい」
俺は兵士に何があったのか尋ねる。しかし彼らはろくに返事をしない。PTSDを患っているにしても様子がおかしい。
「おい、何があったんだ。答えろ」
俺は苛立って尋ねる。
「あ、悪魔」
そう言ってその兵士は気を失ってしまった。
「ちっ」
舌打ちをして聞き込みを続けるが、負傷兵ばかりで思うように事態の把握が出来ない。
「あの、バランタイン様ですか?」
俺を呼ぶ女性の声がした。
「ええ、そうです」
俺は声のする方を向いた。そこには中年の女性がいた。
「あなたは、ええと__」
記憶を手繰り寄せる。
「ソーニャさん」
俺は何とか彼女の名前を見つけられた。母の幼馴染で、以前鳥のスープをごちそうしてくれた人だ。彼女はこんな状況下でも穏やかな表情だった。
「聖戦から帰還なさったのですね」
「ええ、この状況は?」
俺は単刀直入に彼女に尋ねた。
「森の民です」
彼女の穏やかな表情が一気に強張った。
「森の民?」
俺は思わず聞き返す。彼らは毎年やってくるがそのたびにラムファード家によって撃退されているはずだ。しかも今回は常備軍という軍事力を持っている。そこまでの強敵ではないはずなのだが。
「今はキャスター・ウィンストン様が迎撃中ですが、戦況はかなり厳しいようです」
キャスが前線に?よほど戦力がひっ迫しているらしい。
「分かりました、僕とサラも今から加勢します」
幸い、俺とサラは中隊1つを連れてきている。聖戦を経験した50人だ。それなりに戦えるだろう。
「お願いします。くれぐれも油断しないように。今回の森の民は例年と別物です」
「はい、ご協力ありがとうございます」
俺は頭を下げ、サラと合流しようとする。
「あと、お手数でなければ__」
ソーニャは俺を呼び止めた。
「私の息子に会ったら、よろしくお伝えください。名をトロイエと言います」
俺は彼女を見た。心配なのだろう、懇願するような表情を向ける。
「分かりました」
俺は走った。
「サラ!」
聞き込みをしているサラに状況を説明する。
「分かりました。すぐに参りましょう」
俺とサラは中隊を引き連れて、森の方へと走っていく。進むにつれて横たわるブランデンブルクの兵士の量が増えてきた。向かう先には火柱。あそこだ。俺とサラは剣を抜いた。
俺は高く飛び、空中から彼らを一掃しようと考えた。かつて父がやっていたように。上空から見ると、ブランデンブルク軍の劣勢は明らかだった。集団戦術は意味をなさず、数的不利だ。キャスが孤軍で奮闘しているのが分かる。そして、もう1人キャスに負けずとも劣らない人物が敵の猛攻をしのいでいる。
俺は空中で体を回転させ、敵陣に突っ込んだ。敵は極めて軽装備。刃から身を守る装甲は何もないため、俺の剣は気持ちのいいまでに敵の肉を切り裂いた。聖戦の時のような嫌な感覚はない。戦う理由がブランデンブルクのためならば自分はこうも戦えるのかと驚く。サラは俺にぴったり追随する。
「サラ!バランタイン様!」
キャスが自分を呼ぶ。見ると、彼女は真っ黒に汚れていた。幸い、負傷はしていないようだが疲労の色は濃い。
「あとは任せてください」
言うと、彼女は頷き、軍を後退させた。代わりに俺たちが連れてきた軍がこちらに来る。
「深追いはしないように」
キャスはそう言い、軍を撤退させたが一人、その場に残るものがいた。
「バランタインさんって、あなたのことすか?」
15歳くらいの青年が話しかけてくる。先ほどキャスと同じくらい奮闘していた兵士だ。
「そうだ」
俺は答える。
「おいらにも手伝わせて下さい」
そいつは俺に忠誠を誓うポーズをした。
「君は消耗しているはずだ。ここは僕たちがやる」
俺は彼の申し出を断った。彼が戦える人間であることは分かったが、だからこそ無理をさせないことが重要だ。
「後ろの村には母がいるんす。お願いしますよ」
彼は頭を下げた。必死な思いが伝わってくる。
「そこまで言うのなら分かった」
俺は折れた。まあここまで士気が高いのなら足手まといにはならなさそうだ。
「あざっす!」
随分と軽いが、まあいいだろう。
「君、名前は?」
「トロイエです」
「驚いた。君はソーニャさんの?」
俺は確認する。
「お袋に会ったんすか。そうっす」
「お母さんはよろしく伝えてくれと言っていたよ」
「マジすか。わざわざあざっす」
彼は掌を合わせて感謝する。品位と忠誠さが良しとされるこの世界においてこんな軽い男は見たことがない。だがそう言っている間にも敵の方をちらちらと気にしているあたり、やはり兵士なのだろう。
「あの、バランタインさん。実はおいらあなたにめちゃくちゃ憧れてて。これが終わったら弟子にしてもらえませんか?」
「は?」
マイペースなこの男にとことん調子が狂わされる。
「頼んます!俺、強くなりたいんすよ」
彼はぐいぐいとこちらに寄ってくる。
「分かった、分かったから。これが終わってから考える。な?」
彼を突っぱねるように俺は言った。
「マジすか!じゃあ気合入れていきましょう!」
彼は袖を捲って答える。他の兵は甲冑を纏っているというのに、彼だけ農民と同じような格好だ。
「お、おう」
俺は切り替えて敵と相対する。身体能力の高い敵だが、今まで俺が戦ってきた相手に比べれば問題はない。
「懐かしいですね。バランタイン様」
「ああ、そうだね」
思えば最初の戦闘は森の民が相手だった。戦闘に懐かしさを覚えるとは、俺ももうこの世界の住人だな。しかし、数秒後、俺とサラは感傷に浸っていられる状況ではないことを悟る。
背筋に悪寒が走る。サラも本能的に感じ取ったらしい。
正対している敵兵の奥。森のより深い部分から、俺はおぞましい量の魔力を感じ取った。




