71.帰還
「じゃあ、帰りましょう」
俺とサラは馬に乗り、ビザンティウムを去る。ここより東の都市においてのことは、もう思い出したくもない。サラに助けられ悪夢は見なくなってもやはり戦争は嫌いだ。
こんな場所に家族を残して戻るというのは気が引けるが、やるべきことはやった。教会の後ろ盾も得たし、政敵が何か画策しても俺の友人が牽制してくれる。
なぜだか、この世界に来てから人間関係については困ったことがない。俺に権力があるからだろうか。あれだけ身を粉にして働いた前世では、誰も俺のことなんて気にも留めていなかった。
「ねえ、サラ」
夜、道中の宿にて俺とサラは同じ部屋にいた。あの夜以降、当たり前のように同衾するようになった。シルクのような肌に触れながら、俺は呟いた。
「俺さ、生まれてからずっと自分勝手に生きてきたつもりなんだ。自己中心的で大義とかそう言うのは考えたことない。いつから俺のこと好きになったの?」
なんだか女々しいなと思いつつ、サラに尋ねてみる。
「うーん、忠誠を誓ったのはバランタイン様から剣を受け取った時ですが__。好意を抱いたのはいつだったか。分かりませんね」
サラは首を傾げた。
「分からないか。そうだよな。自分でも教皇とか国王とか、なんであんな人たちが俺を気に入ってくれているのか分からないしな」
「それなら分かりますよ」
サラは起き上がって言った。
「バランタイン様が真っすぐだからです」
「真っすぐ?」
俺は聞き返す。サラは頷く。
「裏切りや欺瞞だらけのこの世界で、一貫性のある行動をとる人は少ないです」
「一貫性ねえ。俺は自分が尊敬できる人、家族とか国王とか、もちろんサラもだけど。そういう人だけ大切にできればいいなって。ほんとそれだけだよ。メンタルは弱いし、戦争も嫌いだ」
俺は自分が一番大切だ。自分が気楽に第二の人生を送るために立ち回っている。
「それで十分です。バランタイン様は優しいのです。まるで違う世界から来たみたいに」
サラは俺の背中から抱きつき、顔をくっつける。
「バランタイン様の力はバランタイン様の優しさそのものです。誇ってください」
サラの抱きしめる力が強くなる。
「変わらないでいてください」
サラは耳元で言った。さすがに我慢できなくなり、俺はサラを押し倒す。
「もし、これから重大な決断をすることになっても、バランタイン様はバランタイン様のままでいてください。私のことだって、切り捨てて構いませんから」
俺を見上げるサラは、首元を触りながら言った。
「何言ってんだよ。サラが一番だよ」
サラの手を取って握り返す。
「私も、バランタイン様が一番です」
唇を重ねる。幸福感が脳に浸透してくのが分かる。だが一度戦争を経験すると、この幸福が一瞬で崩れ去るのではという不安が影を見せるようになる。それが逆に刹那の幸福を高めるという効果もあるのだが、いつ死ぬか分からないという恐怖心はもう隠しきれなくなっている。
政治が、宗教が、陰謀が安らぎを邪魔してくる。気楽に生きる道を阻んでくる。でも今だけ、今だけは幸せに浸らせてくれ___
翌日、俺とサラはブランデンブルクに帰還する。
そこで、俺とサラは立ち尽くし、言葉を失った。そこにはかつての平穏はなかった。とげとげとした不快な感情が渦巻いている。
ブランデンブルクを守っていた常備軍は壊滅していた。
第四章 聖戦編 完
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