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70.政敵

「聞いていたのですね」

 俺はファルツ選帝侯を睨み返す。


「聞かせていたのだろう?」 


 彼の言葉を聞いてマインツ選帝侯が俺にくどくど説明させていた理由が分かった。マインツ選帝侯は意図的に俺とファルツ選帝侯を対立させようとしたわけだ。


 だが、いったいなぜ?俺をサポートするのならわざわざ俺を紹介する必要はないはずだが。


「お前、戦争嫌いらしいな」

 ファルツ選帝侯が尋ねる。

「ええ、血を見るのは好きではありません」


「甘ちゃんだな」

 彼は嘲笑するように言う。

「かもしれませんね。ですが、自分は変えられませんのでね」

「帝国を変える方が楽だと?」


「正直、そう思いますね」

 言うとファルツ選帝侯は大きく笑った。

「なるほど、面白いやつだ。ブランデンブルク選帝侯も面白いやつだったがお前も大概だな。なるほど、マインツのやつがわざわざ聞こえるように話していたのが分かったよ」


 彼は半身だった体を正対に戻した。剣を抜く意思がないという証明だ。俺とサラは緊張を少し解いた。


「俺もお前と同じで皇帝を目指している。だがその目的はお前とは全く違う。俺は神聖帝国を世界の覇者とする。すべての国が神聖帝国に従い、神はアクア様のみとなる。そのために俺は何人だって殺す。どんな手段だって使う」

 国王が以前、こいつには気をつけろと言った理由が分かった。この男__ぶっ飛んでいる。自分の正義を妄信している。


「力こそすべて。あの弱った皇帝がトップにいちゃ、国が腐る。なあ?」

 彼は皇帝への侮辱を平然と口にする。


「では、国王が現在と同じ政策を続けたらどう思うのですか?」

 彼が誰の敵で、何を重要視しているか知りたい。


「別に構わんよ。あいつは強いからな。あいつがいるから、俺は今の皇帝を殺せない。だが現皇帝のようになよなよした人間に成り下がったら、俺はあいつを殺す」

 なるほど、神聖帝国の体現者だ。彼が本当の実力主義者だ。マインツ選帝侯はこのことを俺に教えるために、彼に聞こえるように話したのかもしれない。




「それで__僕たちをつけてきたのはなぜです?政敵を早めに殺害しておくためですか?」

 現状彼に戦闘の意思は見られないが、今後の行動を予想するためにも聞いておく。


「ああ、そのつもりだったが、見通しが甘かった」

 そのつもりだったのかよ。サラがピリピリしていたのがよく分かる。


「盗み聞きをしている時はそのお嬢ちゃんが厄介だなって思っていたのだがな、マインツのやつの所を出てからお前も十分厄介だってことに気づいたよ。なんなんだ?その芸当」


 ああ、サラに言われて魔力を放出したからか。やはり選帝侯は野生の勘のようなものがあるらしい。しかし敵に手の内を教えるわけがない。俺は何も答えなかった。


「ま、そういうわけで。素直に宣戦布告をしに来たわけだ」

 よかった。彼が刀をいつでも抜ける状態のとき、冷や汗が止まらなかった。なぜかは分からないが、フランチェスコや国王と対峙したとき以上の緊張感があった。絶対に勝てない。そんな気がしたのだ。


「あなたの敵は僕の父のはずですがね」

 次期国王選挙で立候補するのは俺ではなく、現ブランデンブルク選帝侯の父のはずだ。


「いや、違うね。本当に恐ろしいのはお前だ。バランタイン・ラムファード」

 名前を呼ばれドキッとする。


「お前の意思が帝国の威光を上回るか、見物だな」

 そう言って彼は背を向け、去っていった。俺とサラに安堵が走る。





「死ぬかと__思った」

 俺は急激に疲れを覚えた。

「戦ったら、おそらくどちらかは死んでいたでしょう」

 サラは当たり前のように言った。


「え?なんで」

 俺は尋ねる。

「ファルツ選帝侯は一代で選帝侯にまで成り上がった実力者です。多くの騎士を殺害し、上り詰めてきました。彼の異名は”騎士殺し”ですよ。ご存じなかったんですか?」


「初耳だ」

「小規模の戦闘でしたら、彼は帝国でも随一です」

 なるほど、だからとてつもない圧力を感じたのか。というかサラなら問題なく倒せると思っていたのか。とんでもないな、あの男。



「父上や母上に伝えた方がいいかな」

 俺はサラに尋ねた。既に両親はビザンティウムから離脱している。だが今のやり取りで選帝侯が敵に回ったことが確実となったわけだ、そのことを伝えておくべきか。

「現皇帝がご存命なのでまだ動いてこないでしょう。それにコルネオーネ様とシロック様なら十分対応可能です」


「だといいけど__」

 あの2人が揃っていれば何とでもなる。が、問題は__

「アマレット」

 俺は彼女の名前を口にする。頑固な彼女だ。恐らく両親とは別行動を取るだろう。


「心配ですか?」

 サラが尋ねる。

「うん、心配だ」

 彼女はこんな兄貴を慕ってくれている。かわいいし心配だ。だが、アマレットは自分の道を歩もうとしている。それを邪魔してはいけない。



「ザクセン選帝侯に頼むのはいかがでしょう?」

 サラが提案する。

「いや、だめだ。ザクセンは帝国内で最も規模の大きい軍を持っている。皇帝は帝国に帰還しているから、ザクセンも帝国に戻らざるを得ない」


 他に頼める者は___一人しかいないな。


 ---

 俺は一人である男の場所へと向かった。


「僕に君の妹の面倒を見ろって?」

 国王は驚いたように尋ねる。

「面倒は見なくていい。だけど、敵が来たら守ってほしいんだ」


「それは別にいいけど、誰から狙われているの?」

「ファルツ選帝侯だ」

 言うと、国王は納得したと言った感じに頷いた。



「なんか恨みでも買ったの?」

 国王は軽く尋ねる。理由の言うのは__迷った。皇帝を目指していて衝突したなんて、長らく皇帝の座を独占したブランデー家の国王に言うべきなのか。



「政治上の__対立かな」

 濁して答える。

「ふうん。友達に隠し事するんだ」


 国王は膨れた。めんどくさい彼女かよ。友達だから言いにくいんだよ。

「皇帝を目指すって、言ったんだ」

 俺は観念して口を開いた。


「誰が?」

「俺が」


「あ、そうなんだ。納得」

 国王のリアクションは驚くほどあっさりしていた。


「うん、いいと思うよ。君は君主に向いている」

「え、何とも思わないの?」

 驚いて俺は確認する。


「うん。実力主義だからね」

 ファルツ選帝侯と同じことを言った。これがこの世界の常識なのだと改めて認識する。


「僕だっていつまで生きていられるか分からないんだし。それに友人の頼みだ。断れるわけないじゃん」

 国王は笑った。

「ありがとう」

 俺は頭を下げた。



「あと、前から思ってたけど、君の妹さん。かわいいよね」

 国王は言った。

「お前、手を出すなよ?」

 俺は釘を刺した。



「ひどいなあ。見た目の年齢はほぼ同じなんだし、他所からみればいいカップルなのに」

「お前は見た目だけだろうが」


 国王はため息をついた。

「君はやっと好きな人と繋がったていうのに、僕は一人だよ」


 国王はまた膨らみ、嫌味を言う。

「待ってくれ、なんでそのことを?」

 俺は焦って聞き返す。



「君って案外鈍いんだね」

 国王は意外そうな目で俺を見る。



「ねえ、君って胸とお尻どっちが好き?」

 国王は思い出したかのように尋ねる。

「ええと、俺はね___」



 俺と国王は少しの間、男同士の会話を楽しんだ。










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