69.不穏な影
「マインツ選帝侯」
俺は聖界の中で最も権威ある選帝侯を訪れた。イタリア遠征のこともあってか、対応は穏やかだった。俺だけではなく、サラも中に入ることを許可された。
「ようこそ。直接お話しできることを楽しみにしておりました」
マインツ選帝侯は教皇騎士フランチェスコ曰く、”くそ真面目”らしい。実際、位は俺の方が下なのだが、その口調は目上の人間と話しているようだった。
「こちらこそ、お会いできて光栄です」
俺は母から教わった、教会流の礼をする。郷に入りては郷に従え、だ。
「ご足労頂いたのに、大したもてなしも出来なくて申し訳ない」
「いえ、私たちが急に押し掛けただけですので」
あまりの丁寧さに少しだけ苛立つ。早く本題に移ってほしい。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
来た。
「教皇のご提案を承諾しようと思いまして」
「なるほど、つまりどういうことですかな?」
は?皆まで言わないと伝わらないのか。もしくは、ここでちゃんと口に出して宣言することに意味があるのか?
「次期国王選挙において、ブランデンブルクに推薦をと」
「それで?」
間を持たず追及される。
「父、コルネオーネ・ラムファードが国王となり、現在の国王オルダージュ・ブランデーが崩御された後、帝国議会を開き皇帝の世襲制を採用します」
「それで?」
「僕が__皇帝になります」
全て伝えた。俺の計画を全て。
「それで?」
「は__?」
言いたいことは全部言ったぞ。
「それで、あなたはどうなさるつもりで?」
皇帝になった後__。俺はサラを見た。彼女に誓ったこと。
「帝国を平和に」
「どのように?」
「帝国の軍事力はそのままに。対外遠征は極力回避します」
「なぜ?」
「人が無意味に死んでいくのを、見ていられません」
拳に力が入る。
「今回の遠征をどのように見ますか?」
「聖地奪還という宗教上の名目を得た、ただの__虐殺です」
全てを打ち明けた。勇気のいることだった。教会やアクア教への冒涜とみなされるに値する発言だった。だが、そこは嘘はつけない。こんな戦争、建前でも肯定したくない。
「なるほど、よく分かりました。いいでしょう。教皇にはその旨を責任もってお伝えさせていただきます」
マインツ選帝侯はあっさりと問答を終えた。
「あの、よろしいのですか?」
恐る恐る尋ねる。
「教皇がお決めになったこと。私に決定権はありませんので」
「はあ」
ならこのやり取りはいったい何だったのだ。
「ですが、私もあなたがどのような人物なのか、この目で確かめたかったのですよ。そして教皇があなたを推す理由はよく分かりました。あなたの物の見方は平等だ。人の上に立つ素質がある」
どうだろうな。俺はただ戦いから逃げているだけのような気がするが。
「ここに誓いましょう。教会はブランデンブルクが次期国王になるよう、支援すると」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
何はともあれ、教会のサポートを受けることは大きい。
「ではマインツ選帝侯。早速ですがお願いが__」
「何でしょう?」
「僕の妹、アマレット・ラムファードがこの度の戦争で発生した負傷兵の衛生活動を行うそうです。既に民衆の巡行の護衛を務めるテンプル騎士団の設立の支援をして下さっているうえで恐縮ですが、こちらの支援もお願いできますでしょうか」
「それは、兄としてですか?」
マインツ選帝侯は顎に手を当て尋ねる。
「もちろん、私情が一切ないとは言えません。しかし実際アマレットは、母のシロックにも引けを取らない能力を持っております。先の赤い絨毯においても敵の撤退先に待ち伏せておき、死傷者なしでかなりの敵を葬りました。私が皇帝になった後も彼女の力に頼ることとなると思われます。人材への投資として、ぜひご検討を」
「なるほど。確かにここは敵地。医療をの拠点を置くのも悪くはないかもしれません。分かりました、支援しましょう」
「ありがとうございます!」
俺は再度頭を下げた。アマレットにいい置き土産が出来た。俺はマインツ選帝侯に何度も感謝を述べた。面会が終わり、立ち去ろうとすると
「背後には気を付けてください」
マインツ選帝侯は言った。
「あれってどういう意味だったの?」
俺は帰り道、サラに尋ねた。
「バランタイン様、魔力は?」
「話している時は出してなかったよ」
教会には魔力を感じることが出来るものが数人いる。なぜかは分からない。それに選帝侯並みの強さになると、相手を見るだけで力量が図れるようだ。もし俺があの場で魔力を全開に放出していたら、切りかかられていただろう。
戦闘の意思を示さないという意味でも、あの場で俺は魔力を完全に切っていた。
「今は?」
「少しだけ」
奇襲に備えられるように、いつでも準備している。
「バランタイン様、そのまま後ろを見ずに聞いてください。尾けられています。マインツ選帝侯との面会時から。気配を感じていました」
「えっ」
全然気づかなかった。普段なら殺気を放っている人間はすぐに分かるのに。
「警戒してください。手練れです」
俺の疑問に答えるようにサラが言った。俺は魔力を高めた。
開けた場所に移動し、サラと俺は振り返った。敵は観念したように両手を上げながら近寄ってくる。
「参った。気づかれていたとはな」
敵はにやりと笑う。俺とサラは剣に手をかける。
「おっと、怖いね。聞きたいことがあるんだよ。噂話を小耳にはさんでな」
「お前、皇帝を目指すっていう話、本当か?」
ファルツ選帝侯は俺の顔を睨みつけた。




