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6.英雄誕生譚

前回のあらすじ

サラと領内を冒険する。

すると両親の出身の村に連れていかれる。俺は乗り気ではなかったが母の親友、ソーニャはすでに歓迎ムードで...?

「さて、なにからお話しようかしらね。」

 ソーニャ、サラ、俺は机を囲んでいる。卓上には良く煮込まれたスープそしてライ麦のパン。悔しいがこの村によって良かったと思うほどには美味い。

「バランタイン様はご主人や奥様のことについてほとんど話してくださらないので、この地の領主についてお願いします。」

 サラが誘導する。

「あら、そうなの。相変わらず必要なことを話さないのね。いいわ。じゃあそこから。」



 ソーニャは手を組んで話し始めた。

「あなたの父コルネオーネと母のシロックはね、正確にはこの村の生まれじゃないのよ。育ったのはここなんだけどね。」

 おおっと、早くも事前情報と違う。俺は食べるペースを緩め、彼女の話にリソースを割く。

「生まれはこの村よりもっと東にあったの。ただ昔は森の民がもっと暴れていた時期でね。その村は襲撃で故郷を焼かれて、あの2人はその生き残りなの。」


 いきなり想像より重い話で、ついむせてしまった。サラは水を俺に差し出す。


「私は生まれもこの村でね、子供のころ同じくらいの年齢の子が10人くらい逃げてきたの。全身泥だらけで、まさに死線をくぐってきたような顔をしていたわ。」

 ソーニャはため息をつき、続ける。


「あの村で具体的に何をされたのは聞いていないわ。だけど生き残りの人間はあの2人を除いて、全員命を絶っているわ。」

 ソーニャは俯き、改めて顔を上げた。


「あなたのお父さんはお母さんと特に仲が良かったみたいで、ずっとお母さんを励まし続けていたのよ。お父さんは、『次あいつらが来ても俺が全員殺してやる』って言って、一日中ずっと走ったり重いものを持ち上げていたりしていたわ。純粋よねえ。」

 ソーニャは懐かしそうに話す。俺は次の一口を食べる気が失せていた。



「それで、このあたりが開墾されて人口が増えると、この辺を管理する領主がザクセン選帝侯から派遣されたの。税の徴収と森の民対策のためにね。」



「あの、森の民って?」

 話が展開しそうだったので、その前に疑問を解消しておく。

「先日私たちが襲撃した方々です。森に住み、麦の収穫期に襲撃を行う連中です。最近はご主人様が討伐しておられるのでコソ泥という感じですが。」

 サラが解説してくれる。


「そうなの、村の収穫量が増すにつれて活発に襲撃するようになったの。この村は男手が多いから領主が来るまでの間、森の民でも手が出せなかったみたいだけど。」


 ソーニャは続ける。

「領主と数人の傭兵が来て、東から来る森の民の襲撃を防いでくれるようになったの。」


「それで、生活は安定したんですか?」

 ソーニャは首を振る。

「確かに治安は安定したし、森の民も大規模に襲撃しては来なかったわ。ただ、領主が浪費家でね。税がとっても重かったのよ。今あなたたちが住んでいる城は、その領主が建てたのよ。」


 なるほど、周辺の村と比較して規模感が明らかに違う城があるのは、そういう背景があったのか。



「まあ、命の危険が軽くなったのはいいのだけれど、前の領主は趣味も悪くてね。城の中に見た目のいい女性を多く入れていたのよ。あなたの母もそのうちの1人。」


「父や母は反対しなかったのですか?」

「もちろん、したわよ。友人の私も行ってほしくないってすがりついたもの。でも、あの子はコルネオーネに守られっぱなしでは嫌だったのでしょうね。彼女は行ったわ。今になって考えるといい判断だったかもしれないわね。領主は変態だけど教養があったから城には書物もたくさんあったわ。彼女はそこで働きながら一生懸命勉強した。力ではなく、知識で自分を守れるように。」


「父はどうしたのですか?」

「彼女の意思を受け取ったので、引き留めはしなかったわ。彼女が働き始めるとお父さんはここから南、ベーメン王国に行ったわ。騎士になるために。そこで何年か修業したのだけれど、田舎出身の彼は叙任を受けることが出来ずに、傭兵としていろんな戦地に行ったそうよ。」


 騎士がたたき上げと呼ばれる所以か。




  「それから7,8年経過したころかしら。森の民がまた活発化してね。領主は傭兵を増やして対応したのだけれど、帝国騎士と比べると弱いし士気も低いの。だからなかなか撃退できなかった。それに森の民は不思議な力を使っててね、魔女の力と恐れられるようになっていたわ。」


「領主はどうしたのですか?」


「自前の傭兵が勝てないと分かると、あいつは自分の城の周りにだけ壁を立てたの。自分と周りの女を守るためだけに。」

「ひどい。」


「領内の男たちが自警団のようなものを結成して対応したわ。でも森の民は一人一人が強かったの。最初は数でこっちが上回っていたけど、少しずつ押されていったわ。」

 彼女の声には怒りが混じっている。それは多分以前の領主に対してだろう。


「戦闘は少しずつ西に移っていって、この村に迫りそうだった。私たちは当時ザクセン選帝侯領に避難するつもりだった。」


 ここでソーニャの声色が一気に明るくなる。

「でもね、あなたのお父さん、コルネオーネ・ラムファードがザクセン軍を引き連れて助けに来てくれたの。それで戦況は逆転。森の民はほぼ全滅。ザクセン軍団長とお父さんは森の中へ入り追撃して、森の民の長を殺害したそうよ。」


 話が急激に良い方向へ合わる。隣のサラはその話を知っているようだが、目を輝かせている。スーパーヒーローの戦闘シーンを見ているようだ。



「お父さんは救世主として帰還した。だけど紛争と重税に苦しむ農民を見たの。領主は相も変わらず派手な生活をしている。私たちの税は彼の趣味に消えていったわ。」

 聞けば聞くほどダメな領主だ。


「父はどうしたのですか。」

「城に潜入し皆殺しにしたわ。領主、従者、彼女の周りにいた女性までもね。」

「えっ。」

 思わず声に出た。父がそこまで残虐なことが出来る人間とは思えなかったからだ。

「村の者は城の人間にうんざりしていた。お父さんはそれを見たのね。村の者は皆歓喜の声を上げ、彼を英雄と褒めたたえたわ。」


「でも彼は1人だけ殺せない人がいたの。」

 これは言うまでもなく誰か分かる。


「母ですね?」



「そう、自分が強くなる理由だった人。」

「でも村の人は不満なのでは?」

 ソーニャは頷く。

「そう、シロックを生かしておくことは彼への不信感を少なからず生む。完璧な英雄にはなれない。城に匿うことも出来ただろうけどお父さんは意外な行動をとったわ。」



「何をしたんですか。」

「シロックを殺せなかったことを告白し謝ったの。頭を土につけてね。」

 言葉が出なかった。民衆を外敵から救った英雄が土下座をする。たった1人の人間を殺せなかったという不誠実さだけでだ。

 いや、現代の感覚からすればそれ以外の人間を殺したことの方がよっぽど不道徳なのだが。


 俺ならどうしてただろう、彼女を匿い、英雄として振舞うような気がする。



「それで、どうなったんのですか?」

「誰も文句なんか言わないわよ。私たちの命の恩人だし、くそみたいな領主を殺してくれた救世主よ。彼女を殺さなかったことを隠したとしても、何も言わないわよ。ただあなたのお父さんはそれだけで私たちに頭を下げられる人間なの。その誠実さにみんな感銘を受けて、次の領主に相応しいと彼を推薦したのよ。」


「それで今の城に住み、ブランデンブルクを統治することになったと。」


「そういうこと、まあそのあとも騎士の叙任権とか色々あったんだけど、それはまたの機会にするわ。さあ、せっかく作ったんだしもっと食べて。」


 ソーニャはスープをまたよそいでくれた。食欲はいつの間にか戻っている。




 父は俺と同じだ。森の民の襲撃のを受け突然彼の周りの世界は変わったのだ。

 彼女は田舎者のサクセスストーリーのように話すが、俺にとっては自身の大切な人のために泥臭く奔走する不器用な男の話に思えた。



 父が近くに感じた。





 

神聖帝国 6選帝侯


・マインツ

・トリーア

・ケルン

・ファルツ

・ザクセン

・ベーメン


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