68.ご挨拶と仲直り
朝。久しぶりによく寝れた。重い体が軽くなった。起き上がろうとするが、後ろから何かが巻き付いてくる。
「行かないでください」
自分よりも温かい生物が俺を羽交い絞める。
「いや、トイレ__」
「行かないでください」
うん、俺の膀胱なんてこの際どうでもいい。俺はベットに舞い戻る。
「おはようございます」
息のかかる距離にサラの顔がある。
「よく眠れましたか?」
一切目を逸らさずにサラは続ける。
「うん、おかげさまで」
言うと、サラは微笑んだ。
「よかったです。んっ」
なんていい子なんだろう。俺は接吻する。
「ありがとう。サラのおかげだ」
心の憑き物は落ちた。多くの人の命を奪ったという事実は変わらない。だが、その事実を受け入れることが出来た。少しずつ、この世界に適用してきている。
「言ったでしょう?私がしたかったんです」
そこまで素直に言われると恥ずかしいな。俺を元気づけるという建前を使ってもいいのにな。まあ、彼女が自分の意思を大切にするようになったということかもな。俺は彼女の頭を撫でる。
「それで、今後のご予定は?」
サラは抱き合いながらも仕事モードの口調で尋ねた。
「元気になったけど、やっぱりブランデンブルクには戻りたい。ここには両親もいるしわざわざ嫌なところにいる必要もないからさ。森の民も心配だし」
家に帰りたいという気持ちは消えていない。
「昨夜の__皇帝を目指すという話は本当ですか?」
サラは確認する。それほどまでに大きな決断だったのだろう。俺は頷く。
「うん。戦争は__嫌いだ」
戦い好きなサラに言うのは憚られたが、俺は正直に伝えた。
「分かりました。私は変わらず、バランタイン様に仕えさせていただきます」
「許嫁じゃなくて?」
からかうと、サラが顔を背ける。
「____いいのですか?」
サラが天井を見ながら尋ねる。
「俺はそのつもりだったよ」
「___不束者ですが、よろしくお願いします」
サラはちらちらこちらを見ながら言う。
二度目の人生にて、初めてゴールインに至った。
俺とサラはブランデンブルク選帝侯、コルネオーネとその妻シロックの下へ向かう。喧嘩別れみたいになってしまったのもあるが、領主と使用人という一応身分違いの関係であるため、緊張感があった。
中隊長に居場所を聞く。幸い食事中で皆揃っているそうだ。食堂に行くと、両親とアマレットがいた。
「お兄ちゃん!」
アマレットが駆け寄り、抱き着く。微弱なサラの視線を感じつつも俺は頭を撫でる。
「バランタイン、気持ちは落ち着いた?」
母が尋ねる。
「ええ、受け入れました。すべてはブランデンブルクのため。僕が未熟でした」
母は首を振った。
「いいのよ。あなた自身の気持ちをないがしろにした私たちにだって責任はある」
「すまない」
両親は謝罪をした。意外だった。
「この後はどうするのかしら?」
母は尋ねる。
「申し訳ないですが、やはりこの地にはあまり留まりたくありません。僕はサラとブランデンブルクに戻ります」
「分かったわ」
「アマレットはどうする?僕たちと戻る?」
戦争は終わった。ここにいる意味もないだろう。
「ううん、私、やることがあるから」
「やること?」
驚き、聞き返す。
「うん!この戦争でたくさんの人が怪我したでしょ?だから、私は中隊を一つ使って、そういう人を助けることにしたの」
希望と、決意に満ちた目だった。こうなったアマレットを止める者はいない。
「分かった。でも大丈夫か?」
一応ここは敵地だ。占領したとしても危険は伴う。
「大丈夫。お父さんとお母さんと行動するから」
アマレットは両親の方を向く。彼らもアマレットは任せろと言った具合に頷く。
「分かった。じゃあまた少し離れ離れだな」
アマレットの頭をまた撫でようとしたが、やめておいた。
「バランタイン」
母が話しかける。
「あなたの力のこと__。帰ったら話させて頂戴」
やはり何か知っているのか。しかし、以前のような猜疑心は働かなかった。先ほどの謝罪、そして今までの俺に対する態度を鑑みれば、家族として大切にしてくれているのは明らかだ。それに気づいていたのにもかかわらず、先日はひどいことを言ってしまった。
「分かりました。ではこれで。父上もご武運を」
俺はそう言い、父は頷く。父に対してはこれくらい言葉足らずでも十分に通じる。おれはその場を後にしようとする。
「それと___」
母が小さい声で俺の背中に声を掛ける。
「領主と騎士たるもの、ちゃんと寝なきゃだめよ?」
母は俺とサラを交互に見た。見抜かれている。ああ、母は強しだ。
「あの__私__」
「いいの。私たちは誰も反対しない。むしろ遅いなって思ってたくらいよ」
サラが何か言いかけたのを、母が制止する。
「本当に、色々感謝しております」
サラは若干、目を潤ませながら言った。
「信用してよかったでしょ?」
「ええ、バランタイン様には何から何まで」
「いいえ、あなたも強くなったわ。誇りなさい」
母はサラの頭を撫でていた。
「お兄ちゃん」
アマレットが耳打ちする。
「サラお姉ちゃん。大事にしてね」
ははっ。妹にもばれていたのか。兄としての立つ瀬がない。
「うん、約束する。またな」
俺はアマレットの頭を撫でてその場を立ち去った。
「なんの話をしていた?」
「うーん?孫の話?」
「まだ跡取りは早いだろう」
「お父さんって案外鈍いんだね」
背中で家族の団欒を聞きながら俺とサラはその場を去った。




