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67.欲張り

-バランタイン-


 来てしまった。サラの部屋に。俺だって大人だ。サラが何をしようとしているかくらいは分かる。俺を元気づけようとしてくれているのだろう。最近は悪夢のせいで寝れていない。それでも、あんないい子に誘われたら期待をしてしまう。なぜこんなに心はしんどいのにこういうことに関しては動けるのか。自分の薄い人間性に嫌気が差す。


「どうぞ」

サラの声がする。俺は恐る恐る扉を開け、部屋に入る。蠟燭の火に照らされて、薄い布を一枚纏ったサラが俺の目に入った。普段の逞しい彼女とは違う、あどけない少女がそこにいた。


「何か言ってくださいよ」

サラはもじもじと話す。

「すごく、かわいいよ」

サラの顔は少し晴れ、一歩使づき、俺の手を取った。

「よかったです」


沈黙、次の言葉が出ない。サラの手が震えている。

「元気__出してください」

サラは今にも泣きだしそうな声で言った。



「ご、ごめん。心配かけた」

良い言葉が見つからない。


「でも、サラがこんなことする必要は__」

「私だってもう大人です。やり方くらいは知ってますから」

サラは意地を張って、抱きついた。


「好きなんです。だからバランタイン様には笑っていてほしい」

サラは俺の胸元でそう言った。サラがとても小さく思える。か弱い告白だった。胸のあたりが湿っているような気がする。泣いているのだろうか。


「バランタイン様が笑っていないと、辛いです。私、バランタイン様のためだったら騎士だって諦められます」


「えっ、なんで」

あれだけ騎士になることを目指してきたのに。


「バランタイン様が戦いを好まないはよく存じ上げております。だからバランタイン様の愛する人は心優しく、穏やかな人間でないと務まりません。既に血で汚れている私がそれに値するかは分かりませんが、私は、バランタイン様のためならどんなことだって出来ます」


サラは俺の胸から顔を離して、寂しそうに話した。


 ああ、俺は馬鹿だ。この子にこんな決断をさせてしまった。俺が情けないばっかりに、サラは夢を諦めようとしている。


「サラ」

俺は彼女の肩を抱いて、顔を近づける。そして唇を重ねる。


一旦顔を離し見つめあう。サラは肩に掛かる下着の紐を肩から外そうとするが、俺はその手を握って制止し、首を振る。

「いいよサラ。十分だ。ありがとう」

「でも__」


「私は選ばなければなりません。バランタイン様と騎士道の両方は選べない。来てください、じゃなきゃ、騎士は諦められない__」

サラの目に涙がにじむ。

「サラ、俺はこの世界に生まれてからずっと、流されるままだった。だけど唯一、ブランデンブルクのみんな、そして君と過ごす時間だけは手放したくない」


「バランタイン様のご意思は私のご意思です。だからちゃんと選んでください」

サラは俺の顔を撫でる。そして服を脱がそうとする。


「違う、違うんだサラ。君に自己犠牲を強いているわけじゃない。君も君の意思で生きてほしいんだ」

俺はサラの手を止める。


「しかしこの世界で殺しは__避けられません」

サラは悲しそうに言った。そうだろうな、騎士が敵を打ち砕く存在でなければ、俺との一生と、騎士としての一生を選ぶ必要はないのだから。


「分かっているよ。この世界はそんなに気楽に生きてはいられない。殺しは避けられない。でも俺はせめて、自分の意志で殺したい。もう流されたくないんだ」

あの地獄が脳裏に思い出された。洗っても落ちない血。こびりついた臭いが鮮明に残っている。


「バランタイン様が私を想ってそうおっしゃっているのはよく分かります。でもそんな都合よく物事は動きません」

サラは現実を突きつけるように言った。


「動く。俺がそんな世界を作る」

「どのようにですか!口先だけでなら何とでも言えます。さあ、私を抱くかこの部屋を出るか選んでください。今必要なのは、優しい嘘ではなく決断です!」

サラは語気を強めた。



 俺はなんとも形容しがたい激情にかられ、サラを押し倒した。


「なあ、俺が今どんだけ我慢しているか分かるか!?髪もほどいて奇麗な服着てさあ!いい匂いだってするし!でも、サラに諦めてほしくないんだよ。俺のために犠牲にならないでくれよ」

サラは俺の決死の訴えに驚いていた。




「皇帝になる」

強い決意が自然と口を動かした。


「皇帝になれば軍だって動かせる。無意味な殺戮を防ぐことが出来る。サラの騎士道にも矛盾しない」

全てを叶えるために最も現実的な方法だ。

「でもそれは、その過程は並大抵のことではありませんよ?それこそ人を殺さなければなりません」



「俺はサラと一緒に自分の意志で生きる。サラにも自分の意志で生きもらう。もしそれを社会が阻むなら、俺は喜んで殺してやる」

心臓がはち切れそうな思いでそう言った。受け入れてくれるのか、こんな無謀で馬鹿な誓いを。


「欲張りですね」

サラは笑った。


「ああ、せっかく生まれてきたんだからな」

力には責任が伴う。しかしだからこそ、物事を変えられる。


「俺はもう大丈夫だから」

俺はサラの上から退く。



「待ってください」

彼女は離れる俺の腕をつかみ、またベットに引きずり込んだ。

「これは、私の意思です」


彼女はキスをし下着を脱ぐ。俺は流された。でもそれが今はとてもうれしく感じた。




悪夢は__もう見ないで済みそうだ。






 

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