66.決断
-サラ-
「バランタイン様、おいしいですよ」
「__大丈夫、食べちゃっていいよ」
あれ以降、私とバランタイン様は、ラムファード家と別行動を取っている。バランタイン様は口数も減り、食事も睡眠もめっきりと減った。彼の睡眠中こっそりと部屋に耳を澄ますとうなされているようだった。だが数日間悪夢に苦労させられていたとしても、彼は私に相談のひとつもしない。普段であれば心配事があれば迷わず相談するというのに。
聖戦開始前はまたここで楽しく食事を取ろうと約束したのに。だが今はバランタイン様の元気を取り戻すことが第一だ。とはいっても彼の精神は悪化の一途を辿っている。
私が戦場でもっとバランタイン様を気遣っていれば__。バランタイン様が殺し合いを好まないのは分かっていたはず。でも騎士たるもの赤い絨毯において手を抜くことなど__。
バランタイン様と共に生きることと騎士として生きることは両立しないのか。女はやはり騎士にはなれないのか。夢を追うことと、好きな人と生きること、どちらかを捨てないといけないのか。
私は、もうすぐ15歳になる。女として結婚することも出来るし、あと3年もすれば本当に騎士としての叙任を受けることが出来る。どちらも私の幸せだ。でもどちらかを選ばねば。
バランタイン様は平和を望む方だ。選帝侯にも匹敵する実力者で且つ領主という身分でありながら、武力や権力を誇示したりしない。だけど、それは敵の血を流してこそ名を上げる騎士道とは相容れない。私の夢と、相容れない。
バランタイン様と一緒になっておきながら自分は彼が嫌う戦場に身を置くのか?そんなことできない。そんなこと、私が許せない。選ばなければ、バランタイン様が苦しんでいるのに私が迷っていてはだめだ。
「バランタイン様」
自分の声が震えているのが分かる。
「ん」
彼は力なくこちらを見た。
「今夜、私の部屋へ」
私は会釈をして、その場を後にした。私にとってバランタイン様を元気づける方法は、これしか浮かばなかった。
自分を恥じた。自分で選択すべきところを私は苦しんでいるバランタイン様に委ねた。自分の迷いを、元気づけるためという言い訳で正当化し、バランタイン様に押し付けたのだ。ずるい。騎士の風上にも置けない行為だ。
でも私だって限界なんだ。ずっと好きな人と一緒にいる。もっと近づきたい、触れたい。だから、私は自分の人生を私の好きな人に委ねることにした。バランタイン様が私を選んでくれるのなら、私はバランタイン様と一緒に生きていく。
でも、選んでくれなかったら私はブランデンブルクから立ち去り、騎士として生きる。バランタイン様と一緒にいればきっと揺らいでしまう。だからそうなったら離れないといけない。
バランタイン様と離れる。そう思うと怖くなった。すべてはバランタイン様の決めること。あの人だって自分の意思を持って生きている。私が自分でこの決断をしたように、彼にだって私を”選ばない”権利だってあるのだ。
私は急いで身を清めた。いつもの倍の時間をかけて。いくつかある服を取り出すが、戦闘に使用したものばかりでどれも汚れている。しかし、私の視界には一切手を付けていない下着が一つあった。
昨年の誕生日、もう成人なのだからと、シロック様が私にこれを渡した。ワンピース型で手触りが良く、上等なものだとすぐに分かった。いたずらっぽい彼女が冗談で渡したものかと当時は思ったが、いま思うと彼女は表情は真剣だった。
「すごい」
思わず口に出た。普段選ぶ下着は汗を吸収する、風通しの良いものを選んでいた。そのことをシロック様に色気がないわね、と何回か指摘された。それでも私は強くなることを選び、そんな忠告は流していた。
目の前にいる自分が別人のように思えた。小さな鏡に映る自分は女の子だった。胸がシロック様やキャス様のように大きければよかったのに。騎士としては小さくて助かっていたのだが、こういう状況になると頼りなく思える。
バランタイン様は結ばないのが好きなようだ。私は何回も何回も髪を梳かした。他にやるべきことは___もうなさそうだ。緊張で体が熱くなってくる。汗が出ていないか心配になる。シロック様に会いに行きたい。こういう時、あの方なら私を元気づけてくれる。でも、この状況では無理だ。肩にかかる下着のひもをいじりながら思考を巡らす。
するとこの下着を渡した時のシロック様の一言が思い出された。
「バランタインを信用なさい。あの子なら大丈夫だから」
部屋の扉がノックされる音がした。




