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65.戦争の爪痕

 -アマレット-


 聖都を奪還した後のお兄ちゃんは別人になっていた。いつも優しくて色んな人を気に掛けるお兄ちゃんは、ふらふらと自陣に戻っていた。見たところ怪我はしていない。だけどサラお姉ちゃんの肩を借りなければ歩くことすらできなさそうだ。


「___帰りたい」

 お兄ちゃんは震える声で言った。

「それは__」

 母は言い淀んだ。ブランデンブルクはこれから訪れる巡礼者の保護を担わなければならない。

 お兄ちゃんはもう、ブランデンブルクの次期選帝侯という共通認識となっている。お兄ちゃんは気づいていないが、赤い絨毯(ピジャージュ)の歩兵部隊において、ザクセンのマスクに次いで敵陣に到達したことで新たな選帝侯、ブランデンブルクの注目度は格段に高まっている。


 それ故、彼はテンプル騎士団を結成するうえで重要な役割となる。聖戦の英雄の指揮する騎士団ともなれば、巡礼者も言うことを聞くし、組織としても一枚岩になるからだ。


「お願いだから__」


 悲痛な兄の嘆願に我々は一旦ビザンティウムまで帰還した。





 ギリシア帝国は宗派は違えども同じ神を信仰している。聖都を奪還した私たちをもっと手厚くもてなしてもいいはずなのだが、我々は厄介者として扱われた。



「なんなのかしら」

 家族で食事中、私はつい悪態をついた。

「この国は私たちラテン国家よりも東方の民族との関わりの方が強いのよ。じっくりと丁寧に他の文化と関わってきた彼らにとって、私たちは粗暴で愚鈍に見えるという訳よ」

 母は私の疑問に的確に答えた。それでも私は納得できない。


「救援要請を出したのは彼らだっていうのに?」

「彼らの狙いは東方民族が巨大になりすぎないようにすることだったのよ。対等な関係になるようパワーバランスを調整すること。まさか聖都を奪い、皆殺しにするとは思わなかったでしょうね」


「でも!この国の人にとっても聖都は重要でしょ?」

 母は首を振った。

「実はこの国の人はいつでも聖都に巡行が出来たのよ。わざわざ戦争を仕掛ける必要はない。むしろ__」

 母はため息をついて続けた。

「東からの貿易品が入ってこなくなるだろうから、この国としてはむしろ敵を殺したのは損ね」


 やめてよお母さん。お兄ちゃんもいるんだよ?知りたくなかった。いや気づきたくなかった。この戦争に大義なんてないということを。


「__では僕は何のためにあれだけの人を殺したのですか?」

 お兄ちゃんは母に尋ねた。ただでさえ顔色が悪いというのに、その表情は悲痛だった。

「テンプル騎士団の創立によって我々は財源と軍事力を確保できた」

 母は淡々と答えた。


「力__ですか」

 お兄ちゃんは弱々しくそう言った。


「そうよ。我々はブランデンブルクの人々を守らなくてはならない。そのためにこの戦争に来た」

「でも、あんな殺戮__いくらなんでも」



「私たちは領民のためになるのならどんなことだってする」

「それがあの地獄ですか!そんな理由で僕は何百人も殺したのかよ!?」

 お兄ちゃんは大声を出して母に詰め寄った。怖い。あんなに取り乱すお兄ちゃんは初めてだ。もうやめて、お願いだから。



「力には責任が伴う」

 沈黙を貫いていた父が一言。言われたお兄ちゃんは口をつぐんだ。だが抑えられていたであろうお兄ちゃんの感情は決壊した。



「この力はお前らが作ったんじゃないのかよ」

 お兄ちゃんはひどく落ち着いた口調でそう言った。しかし私にとっては意味が分からない。お兄ちゃんの真意が何も分からない。それに対し両親は何も言わず止まってしまう。


「なあ、おい。お前ら2人、力が欲しかったんだろ?皇族みたいによお!」

 お兄ちゃんは両親に聞いたこともない口調で怒号を飛ばした。私には何を言っているのかは分からない。サラお姉ちゃんが急いでお兄ちゃんを外に連れ出そうとする。



「バランタイン様!アマレット様がいらっしゃるんです、落ち着いてください」

 建物の外でサラお姉ちゃんがお兄ちゃんをなだめる声が聞こえる。


 ねえ、どういうことなの?私は母に尋ねようとした。しかし両親は冷や汗を流して呆然としている。それを見て私は怖くなり尋ねることが出来なかった。

 お兄ちゃんの力が、作られた?私にはまったく意味が分からなかった。



 数分して、サラお姉ちゃんが顔を出した。

「勝手な提案ではございますが、バランタイン様はブランデンブルクに戻った方がよろしいかと」

 サラは言いにくそうに提案した。だが、この状況を見ればそうした方がいいのは明らかだった。


 そう言うと母は頷いた。

「そうね、では私とコルネオーネがこの地に残ります。あなた達は帰還しなさい」


 両親はこの地に残ることになった。選帝侯がいれば騎士団の運用はそれなりに上手くいくだろう。両親の言う通り、ブランデンブルクはこの戦争によって金銭的、軍事的に多くの利益を得た。大成功と言ってもいい。

 だが優しいお兄ちゃんにとっては、この戦争は苦痛でしかなかったのだろう。なぜ戦うか、どうして殺すのか。お兄ちゃんは強いけど、理由がないと戦えない人間だ。戦争という特に理由なく人を殺す状況は、お兄ちゃんにとっては苦痛以外の何物でもない。それでもあの丘からの光景で誰よりも敵を殺していたのもお兄ちゃんだった。



 戦争は多くの人を傷つけた。身体も心も。お兄ちゃん、ゆっくり休んで。そして私は何をすべきだろう。私はどうしたい___?



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