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61.七選帝侯

 アナトリア。エーゲ海や黒海に囲まれた地域。神聖帝国軍は隊列を組んで進軍する。敵が時折姿を現す。機動力を生かすための軽装備。隊列を乱さんと挑発を繰り返す。


「相手にするなよ」

 父やザクセン選帝侯は陣形を乱さぬよう何度も兵士に忠告した。


「馬の扱いが上手」

 アマレットが敵の兵士を見て言った。

「そうよ、隊列を乱して兵士を分断させていくのが彼らの常套手段。統率の取れない先遣隊がことごとく返り討ちにされるのはそれが原因よ」

「そうなんだ」

 アマレットは自軍の状況や敵の特徴など思ったことを全て口に出している。それについて母は懇切丁寧に解説をする。アマレットの観察眼は驚くばかりだ。俺が全く気にかけていないことにまで気づく。



「おっと」

 サラがこちらに飛んできた矢を剣で弾く。弾幕を張ると言うほどではなく、あくまで挑発であるので捌くのは容易だ。しかし定期的に矢が飛来するため馬がストレスを貯めてきている。人間より先に馬がしびれを切らしそうだ。


 しかしその点もブランデンブルクは対応していた。ブランデンブルク城にいる二頭の馬、ジギルとハイドはヨーロッパ産の馬ではなく、皮肉にも敵側のアラブ産の馬だ。

 彼らは他の馬よりも体躯が大きく、且つ持久力にも優れている。加えて他人に対してはプライドがとてつもなく高いため隊列を乱す馬がいれば、騎手の指示に関係なく遅れた馬に渇を入れる。いや、どつき回すと言った方がいいかもしれない。


 馬の世界にも恐怖政治があるのだと苦笑いしたが、実際少しでも隊列が乱れれば被害が広がる可能性は高まる。そのため彼らのヤンキー気質は皆を守るために適切に働いているという訳だ。


「しかし、さすがにこのまま競り合いばかりしていてはで聖地に行くのは難しいですね」

 俺は母に言う。

「大丈夫よ、もうそろそろ敵も本腰を入れてくるから」


 母が言ってから数時間後、進軍が止まった。広大なステップ。神聖帝国軍は陣を張った。東方騎馬軍は変わらず弓矢による挑発を繰り返す。

「ブランデンブルク軍、ドライバー(第一中隊)及びブラッシー(第二中隊)は弾幕を張れ!”赤い絨毯(ピジャージュ)”までの時間稼ぎだ」


「はっ!」

 ブランデンブルクの2つの中隊、総勢100名は挑発に訪れる敵をけん制する。


「あの、赤い絨毯(ピジャージュ)って?」

「俺はサラに尋ねた」

「まあ、見ればわかりますよ。私たちも準備しましょう」

 そう言ってサラは馬を降りた。



 神聖帝国軍は各選帝侯ごとに集まって、敵陣へと列を組む。

「ほう、臆病者の道具を使うとは」

 後方から嫌味を浴びせてきたのはブランデンブルク及びザクセン軍より後に合流した、ファルツ選帝侯だった。

「物は使いようですよ、ファルツ選帝侯。あなた方の花道を作っているとも言えますね」

 母は上品に笑って返す。


「うむ、確かに。ではここは感謝を述べておきましょう」

 ファルツ選帝侯はそういって前線へと進んでいく。



「いやあ、たぎるわね」

 ザクセン選帝侯たまらんといった感じでマスクに言う。

「あまり無茶をしすぎないように」

 マスクは咎める。

「あんたも楽しみでしょうがないくせに、かっこつけないの」

 言うと、マスクが笑う。ザクセン選帝侯も前線へと進む。



 マインツ、トリーア、ケルンの三人もいつの間にか前線に立っていた。



「よし、では行ってくる」

 父はいつの間にかポニーテールにしていた母に告げる。

「気を付けて」

「ああ」

 父は部下から槍を受け取る。太くて長い。5メートルほどの巨大な柱のようだ。父はそれを持って他の選帝侯と同様に前線へと向かう。




「よっ、バランタイン」

 国王が声を掛ける。他の選帝侯が揃って五分ほど経過していた。

「国王だからね、他の選帝侯より後に行くくらいが丁度いい」

 帝国会合の時と同じセリフを言った。

「ちゃんとついてくるんだよ?」

 国王はそれだけ言って他の前線へと向かう。そして他の選帝侯の中心に立つ。


 並びは左から、トリーア、ケルン、マインツ、ベーメン、ファルツ、ザクセン、ブランデンブルクだ。

 全員が同じような槍を持ち、板金鎧で身を包んでいる。




 神聖帝国の選帝侯が、並んだ。

ブランデンブルク軍 中隊名


第一中隊 ドライバー(父)


第二中隊 ブラッシー(母)


第三中隊 スプーン(バランタイン)


第四中隊 バッフィー(サラ)


第五中隊 クリーク(アマレット)

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