59.聖戦前夜
その後俺たちはブランデンブルクに帰還した。途中にあるラバの村については国王が許可を出してくれたため、ラバ繁殖の技術を持った若者を数十人ブランデンブルクに移住させることが決定した。
「おかえりなさい」
サラが出迎える。キャスは現在、ブランデンブルクに残る部隊の指導に精を出しているそうだ。
「選帝侯会合、いかがでしたか?」
サラが目をキラキラさせて言う。
「殺伐としてたよ。油断したら殺されるんじゃないかって思った」
「へえ、やはり皆強いのですね!」
サラはイタリアから帰還して以降、訓練の量が尋常ではなくなっている。俺もそれに付き合わされているのだが、正直手に負えないくらい強い。俺の魔力の総量の増加、そしてコントロールの上達以上に彼女は成長を続けている。ああ、俺のアイドルが戦闘狂になっていく。
「出征はいつになるのお兄ちゃん」
アマレットは尋ねる。最近の癒し枠はこっちになってきている。
「教皇の演説が一週間後に行われるらしいから、それに合わせて行くつもりだよ。いつでも行けるように準備をしておくんだよ?」
「うん!分かった!」
俺はアマレットの頭を撫でる。双子なのにこれだけ身体的に差があるとどうしても年上のように振舞ってしまう。まあどっちにしろ転生者の俺としては、身体的な差がなくとも中身は中年に差し掛かっているわけだし、精神年齢は全く異なるわけだが。
今回、ブランデンブルクは総勢250人の規模で出征する。部隊は50人の中隊を5つに分ける。森の民相手とは異なり、今回は大規模な戦闘となるので人数の規模はこれくらいが丁度良いらしい。それらを今回出征するラムファード家一族の1人につき1部隊与えるそうだ。とはいっても基本的な指揮権は母にあり、俺達がこの中隊をどうこうするという訳ではない。
俺が持つ第三中隊の面々と顔合わせをする。選帝侯の息子である俺に命を懸けると代表者が誓った。しかし、若造である俺をどこか舐めているような部分がある。仕方のないことだなと半ばあきらめていたが、サラが俺と話しているのを見ると急に動きが機敏になる。
騎士はなめられたら終わりだとサラに叱責された。そう言うわけで俺は中隊の腕自慢と手合わせをすることになった。結果は言うまでもなく圧勝。魔力を使わずとも剣の技術のみでコテンパンにしてやった。すると、彼らは俺の言うことを忠実に聞くようになった。
「身長、追いつかれちゃいました」
出征前夜、サラは俺と同じ目線で、うれしいような悲しいような表情を浮かべる。夜の散歩、そう言うと聞こえはいいのだが、俺は殺し合いが起こるという恐怖から、サラは遠足前の子供がごとく目の前に迫る聖戦が待ち遠しく眠れないためだ。
「身長だけね」
彼女の尊厳を守るためにもフォローをしておく。
「いえ、喜ばしいことですよ。私は女ですし、いずれ抜かされることは分かっておりました。ただちょっと、あっという間だったな。」
「まあ、実際あっという間だし」
俺は苦笑いをした。転生して10年弱、得体のしれない力を得て友人のために戦ったり疫病を止めたり、休む間もない日々だった。
「バランタイン様はあっという間に先へ進んでしまうのでしょうね」
サラは夜空を見上げながら言う。
「そんなことないよ。それを言い出したらサラの方が全然大人だよ」
剣の腕も生活力も彼女の方が断然優れている。魔力がなければ彼女には遠く及ばない。
「大人、ですか」
サラは物思いに耽っている。大人という言葉に思う所があるようだ。
「私は、バランタイン様に一生ついていきます。どれだけ歳を取ろうとも」
サラはこちらを見て話す。その表情は堅い。
「うん、知ってるよ」
「生きてこの地へ帰りましょうね」
サラが言う。おいおいそれは死亡フラグなのでは、そう思ったがこの子がそうやすやすと戦死するとも思えない。
「うん、帰ろう」
俺とサラは手を重ね、少しの間夜空を見た。穢れなど一切感じさせない柔らかな手だ。この手がもうすぐ血で汚されていくなんて、俺には到底思えなかった。
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クレルモンにて、教皇の演説
愛する信徒たちよ、勇敢なる帝国の民よ
我らが主、聖なるアクアの神の名において、汝らに告げる。
今こそ神の御業を果たす時である
東方の兄弟たちは、異教徒の暴虐に苦しんでいる!
聖堂は踏みにじられ、信仰の民は剣にかけられ、命を奪われている。
これを放置してよいのか? 否! 断じて許されぬ!
汝らに神が与えし剣を手に取り、聖地を異教徒の手から奪い返せ!
これは、ただの戦いではない。神の意思を果たす聖戦である!
帝国の騎士たちよ!
誇りを示せ! 勇気を示せ!
聖なる戦いに身を捧げ、神のために剣を振るうのだ!
王侯貴族よ、選帝侯よ、騎士よ、民よ
聖都を取り戻し、神に勝利を捧げるのだ
神がそれを望まれる!!
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信心と狂気が支配する聖戦が始まった




