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58.帝国会合

 皇帝は禁忌の力を纏っていた。しかしその量は俺よりも少ない。加えて胸の部分に多くの量を割いている。肺か心臓か、ここからでは見えないが生命を維持するために魔力を使用しているのが見て取れた。俺は国王と目を合わせ頷いた。



「では今回の会合の主題である聖地奪還について、簡潔に述べていく」

マインツ選帝侯が述べる。


「ラテン国家群の最も東の国、ギリシア帝国は先月アナトリアのマンジケルトにて大敗を喫した。これにより異教徒はアジアでの地位を確たるものとした。アフリカ大陸をも支配下に置く彼らの勢力は強大であり、我らラテン国家に脅威を与えている」


「ちっ、ギリシアの腰抜けどもが」

ファルツ選帝侯が悪態をつく。



マインツ選帝侯は続ける。

「ギリシア帝国からの救援要請を我らは承諾する。最終目標は聖都奪還。アクア教の聖地を異教徒から取り返す。以上。意義のある者」


ファルツ選帝侯が手を上げる。

「聖都奪還では生ぬるい。目標は異教徒の殲滅にすべきだ」

ファルツ選帝侯はふんぞり返って述べた。


「他に意義のある者は」

沈黙。

「皇帝陛下、ご意見を」



皇帝はゆっくりと口を開く。

「聖都奪還」

鶴の一声。


「最終目標は聖都奪還に変更なし」


「なぜですか皇帝陛下。敵は容赦なく殺す、あなたはそうしてきたはずだ」

「口を慎みたまえファルツ選帝侯。皇帝の御前であるぞ」

釘を刺したのはザクセン選帝侯だ。普段のものとは程遠い厳格な言葉遣いをしている。




「この度は宗教上の意義によるものだ」

皇帝は短く言った。司会のマインツ選帝侯が補足する。


「教会の代表者として述べますと、ラテン帝国における教徒の聖都巡礼、それがアクア教徒の悲願であります。また東西に分裂したアクア教の対立において、我らが教皇の優位を示すことも重要となります」



「つまり、これは教会のためということか」

ファルツ選帝侯の問いに、マインツ選帝侯が頷いた。

「ほう、長らく対立してきた教会のために動くとは、変わった風の吹き回しのようで」

ファルツ選帝侯は皇帝、そして国王を見た。それを受けた国王は挙手をする。


「どうぞ、国王」

マインツ選帝侯が国王の発言を認める。



「長らく続いた教皇、皇帝間の対立は先日ローマにて和解に至りました。今後は聖俗が一枚岩となり政治を進めていく所存であります」

なぜ仲が悪かった教会に対し、世俗が動くのかという問いに国王が返答した。



「では、これからは皇帝一族は教会の言いなりという訳ですか」

「無礼者!」


ファルツ選帝侯を覗く6人の選帝侯が剣を抜き、彼へ向ける。抜刀の際の剣がすれる音が空気中に響く。鋭い殺気が神経を刺激する。

 ここでバランタインは興味深く感じた。世俗の3選帝侯は皇帝への侮辱に対し剣を抜いた。対して聖界3選帝侯は教会の軽視という観点から剣を抜いているのだ。


「よい」

皇帝は手を上げる。それを見て世俗選帝侯らは剣を鞘にしまった。


「くれぐれも発言には注意するように」

マインツ選帝侯はそう言って剣を下げた。他の聖界選帝侯も剣を下げる。




皇帝が再度発言する。

「この度の遠征は世俗としてもその権威を示すために重要となる。朕の後の国王選挙に影響を及ばすやもしれぬ」

皇帝の発言により、選帝侯らの表情が変わる。父の表情は遠くてよく分からない。



 これで、世俗選帝侯も聖戦に参加せざるを得なくなった。国王選挙、つまり次期皇帝を決める選挙だ。今の国王が皇帝となり、空いたポストを選挙によって決定する。

 俺はちらりと聖職諸侯の3人、つまりマインツ選帝侯、トリーア選帝侯、ケルン選帝侯を見た。目が合う。なるほど、教皇が言っていたブランデンブルクを次の国王にするという情報共有はされているという訳だ。





 その後の会合は円滑だった。宗教上の意義という目的に加え、国王選挙における評価対象となる今回の戦争は誰にとっても全力を尽くすにあたる理由がある。ほとんどの選帝侯が自己の有する軍事力を総動員することが決定した。


「1週間後、教皇はラテン帝国のすべての教徒に向け演説を行う。選帝侯の軍に加え、遠征には志願兵が多く参加することが見込まれる」

選帝侯に加え、民兵をも募るとは。教会の本気が伺える。




「以上。選帝侯会合を終了とする。各自出征の準備をすること。一カ月後に遠征を始める」

皇帝から順に部屋を抜けていく。


「お手並み拝見だな」

ファルツ選帝侯が父と母を挑発し、部屋を出て行った。






控室。国王は気を張りすぎて眠くなったと寝てしまったため、俺は両親のいる部屋へ行った。



「父上は国王選挙をどうするおつもりですか」

 父に尋ねてみる。教会との密約があるが、そもそも父が皇帝を目指すという意思がなければ成立しない。俺としてはどちらでもいい。尊敬する父の意見を尊重したいというのと、あとはブランデンブルクの人々が平和であればそれで十分だ。


「分からん」

意外な答えだった。騎士道を重んじる父ならば名を上げ人の上に立つことを目指すと考えていたからだ。


「それにしても、まさか国王選挙を絡まてくるとはね」

母が腕を組んで言った。

「しかし選帝侯の士気を高めるには有効なのでは?」

俺は疑問になって尋ねる。


「それは確かにそう。だけどね__」

母は言葉に詰まる。父はそれを見て口を開く。

「やれることをやるだけだ。そこに妥協をする理由などない」


「騎士としてはそうでしょうけど__でもそうね、やるしかない」

母は決心をしたようだ。


「バランタイン」

母が名前を呼ぶ。

「はい」



「生粋の騎士のサラや後方待機のアマレットは良いとして、あなたは前線に出なければならない。あな田は優しい。戦いたくないなら来なくてもいいわよ?」

意外な問いだった。俺に来なくていいとは。しかし、家族が戦場に行くというのに俺だけ家で待機という訳にはいかない。



「大丈夫です」

俺ははっきりとそう言った。



「地獄よ?」

母は改めて念を押す。しかし俺の意思は変わらない。




「行きます」

俺は力を込めてそう言った。













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