55.対等な関係
「おかえりお兄ちゃん。サラお姉ちゃんとキャスおばちゃんも」
アマレットが迎える。
「ただいま」
俺達はブランデンブルク城へと帰って来た。国王は先に帝都へ向かった。
短い期間だったが、かなり久しい感覚だ。母と父も出迎える。今回の旅の報告を行った。常備軍の融資を受けられること、ラムファード家は利息を取ることを黙認されたこと、そして間もなく大規模な対外遠征が行われるということ。現在の皇帝が崩御した際には教会はブランデンブルクを次期国王に推薦するという話だけは伏せておいた。まだだいぶ先のことであるし、教皇には内密にと釘を刺されている。
「ずいぶんな大立ち回りだったのね」
母が感心したように告げる。
「ええ、本当に大変でした」
頭も身体もフル稼働した期間だった。収穫も多いが、今は疲労感が一気に訪れている。
「でも、これからはもっと忙しくなるでしょうね」
「ああ」
父が答える。
「ブランデンブルク選帝侯は今回の遠征に参加する」
父が告げた。そうだとは思ったがいざ戦争に参加するとなると気持ちが引き締まる。
「軍の設置はどこまで進みましたか?」
俺は尋ねた。森の民の対策として設立中の常備軍。まさかそれがいきなり対外遠征のために使われるとは思わなかった。
「多くはないけど、順調よ。遠征のために大隊1つ、中隊1つ、小隊5つ分を動員するつもりよ。残りは森の民の防衛に回るわ。キャスはブランデンブルクに残った隊の指揮を取って」
母が答え、人員の配備を行った。
「かしこまりました」
キャスも答える。
なるほど、ブランデンブルクの軍は大体250人か。隣のザクセンと比較すると頭数は少ないが、ブランデンブルクの兵は全員が重装である上、集団戦術にも長けているため戦力としては申し分ない。加えてこちらには魔力を持つ俺、手負いだが教皇騎士を圧倒したサラ、軍略に富んだ母、選帝侯の父がいるわけか。
「あたしも行く」
そう言ったのはアマレットだった。全員が驚き彼女を見る。
「あたしも行く」
彼女はもう一度言った。そして全員が、思い付きで言ったわけではないということを悟った。
「アマレット様、遠征は遠いですし危険です。私もおりますので」
説得を試みたのはキャスだった。
「嫌だ。あたしだってもう子供じゃない」
アマレットは一歩も引かない。俺は彼女に目線を揃え、両肩に手をかける。
「いいかい、戦争は人がたくさん死ぬ。子供とか大人とかは関係なく、そんな辛い光景をアマレットが見る必要ないと思うよ」
彼女は首を振った。
「お父さんとお母さんもお兄ちゃんも行くんでしょ。なんであたしだけ留守番なの?あたしだってお勉強もしたし、あんまり得意じゃないけど馬だって乗れる。なんで私を置いてくの?」
アマレットは泣いたり、喚いたりしなかった。ただ真っすぐに自身の意見を主張した。それだけに、子ども扱いは通じない。対等な話し合いを展開する必要がある。
「どうして僕たちと来たいの?」
俺は目を見て尋ねた。
「あたしだって役に立ちたい」
彼女も強く返した。
「でも、君は戦えないよ?」
俺は心が痛んだが敢えて冷たく告げた。対等な対話を望むのなら、情ではなく能力が意見を述べる際の物差しとなるからだ。能力の面でいえば、彼女は役立たずも同然だ。
「でも、あたしだってラムファード家だよ。森の民が村の人たちにひどいことをしてるのを知ってる。お兄ちゃんだけじゃなくて、あたしだって戦えた方がいいんじゃない?お母さんみたいに勉強すれば、お兄ちゃんみたいに強くなくても、役に立てるかもしれないし」
なるほど、的確な反論だ。自分の現在の能力ではなく、自身の将来性を交渉のテーブルに載せたわけだ。賢い。俺は母を見た。
母は肩をすくめ、両手を上げた。
「負けたわ。ここまで言われちゃどうしようもない。頑固娘め、まったく誰に似たんだか」
母は笑った。
「しかし実際、戦場に子供は危険だ」
父がよ。静に言う。
「大丈夫、アマレットは自分の役割を把握している。危険は避けるわよ。ね?」
母の問いかけにアマレットは頷いた。
「サラ」
「はい」
「今回は俺じゃなくて、アマレットを守ってくれ」
俺はサラに伝えた。
「しかし___」
「大丈夫、自分の身は自分で守る」
俺は笑顔で伝えた。サラも俺がアマレットを大切にしていることをよく知っている。
「決まりだな」
父がアマレットの件について締めた。
すると、遠方から何かが飛来する音が聞こえてきた。俺より先に父が動き、その後キャスが、そして俺とほぼ同時にサラが動いた。森の民の来襲かと思ったが、跳んできたのは矢文だった。言うまでもなく、その矢には魔力が込められていた。父はそれをキャッチし読み上げる。
『聖地奪還の議を成すため、選帝侯は速やかにウィーンへ集結されたし。日時は明後日の黄昏時とす』
間違いない、皇帝からの勅書だ。まさか、帝都から矢を放ったのか__?ここから何キロあると思ってるんだ?
「行くぞ」
父は短く告げた。選帝侯会議なので行くのは俺と両親だ。今回はサラもお留守番だ。ここから約700キロを2日で移動しなければならない。緊急時ではあるがいくら何でも人使いが荒すぎだ。
「これが選帝侯だ」
俺の不満を知ってか知らずか父はそう言った。
「まあ、仕方ないわね」
母もあきらめたように頷いた。
俺達は選帝侯議会へ出席するため、ウィーンへと馬を走らせた。




