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50.宴会

 その夜、俺達は”ドミニクの酒場”に待期していた。国王と店主はまだ一言も会話をしていない。お互い意識はしているようだ。酒はまだ一滴もいれていない。国王は緊張した面持ちで教皇が来るのを待っていた。

「本当にいらっしゃるのでしょうか」

 キャスが呟く。

「大丈夫。来るよ」

 俺は確信をもって言った。



 他の客は騒いでいるが俺たちは一言もしゃべらない。もしかしたら戦場になるかもしれない、そんな緊張感が走っていた。

 店のドアが開く。先に入ってきたのはフランチェスコだった。

「どうもっす」

 彼は軽く店主に挨拶をした。その後キャスと目が合う。彼は丁寧に深々とお辞儀をした。


「フランチェスコさん」

 サラが声を掛ける。

「さっきぶりだね」

 彼は国王の隣に座った。”一人分”を空けて。


「大丈夫」

 彼の一言で状況が一歩進んだことが確定した。国王は緊張が隠せなくなってきている。



 数分後。

「失礼」

 この店でひときわ年を取っている人物が入ってきた。教皇だ。彼は国王の隣に座った。

 沈黙。それを破ったのは店主、前教皇のドミニクだった。


「とりあえず一杯ってことでいいかな?」

 俺達は皆頷いた。皆の前にコップが置かれる。皆それを手に持つ。店主も含めてだ。誰が乾杯の音頭を取るのか周りを見渡す。位が一番高いものが行うのが一般的だが、聖俗が争ってきた歴史を踏まえると、教皇と国王、いずれにしても政治上の問題が生じる。


 つまりここで乾杯を言うべきなのは主催者である俺だ。俺は立ち上がった。

「ええと。本日は皆さん忙しいのにもかかわらず、僕のわがままに付き合って下さりありがとうございます。恐らく帝国の長い歴史の中でこのような方々が集まるというのは空前絶後と言えます。」


 堅い雰囲気、自分の心臓の鼓動が耳で聞こえるほどに緊張している。

「平和に」

 俺は酒の入ったコップを掲げた。


『平和に』

 一同も掲げ、一気にのどに流し込んだ。この場の緊張を消し去るように。



「初めて飲んだ」

 国王が呟いた。その割には一口が大きいと思うが。


「店長、水を」

 教皇が店主に水を頼み、国王の前に置いた。

「水も飲め、酔うぞ」


「は、はい。ありがとうございます」

 国王がおどおどしながらそれを受け取った。

「皇帝の一族は酒を飲まないのか?」

 教皇が尋ねる。

「ええ。集中力が切れるそうなので」



「そうか、私がそのくらいの時は毎日飲んで吐いていた」

「それ、聖職者のいうセリフではないのでは?」

 国王が茶化す。


「そうだろうな。だが元教皇が酒場を経営している場合もあるのだし、気にしても仕方がないだろう」

 国王と教皇は店主を見た。

「おいじじい。てめえは飲みすぎだ。同い年だろうが」


「えっ、そうなんですか?」

 国王は両者の顔を見た。老人のような現教皇と筋肉隆々の前教皇、俺にとっても衝撃の事実だ。

「筋トレなんて辛いことなぜできるのか理解できません」

 教皇が皮肉っぽく店主に言う。

「清貧派が言うなって。貧しく暮らすとみんなそんな年寄りみたいになっちまうんか?」


 店主と教皇の言い合いに場が緩む。国王もクスクス笑っている。

「まったく、俺ぁ今日初めて国王に会ったんだがよ。こんなひょろひょろで酒も飲めないガキとは思わなかったぜ。俺らはこんな奴に潰されたんかい」

 店主の煽りが国王に飛び火する。しかし国王は気にも留めず言い返す。


「権威派というだけあって、見た目だけは一流みたいですね」

「おー言いやがったなクソガキ。腕相撲で勝負だ」

 店主はカウンターを挟んで腕を出す。

「お相手します」


 結果は明瞭だった。筋力で勝る店主が一瞬は優勢だったが国王が体内に少しだけ残った禁忌の力を発動し、店主の腕はカウンターに叩きつけられた。

「くそ、バケモンがよ」

 店主は悔しそうにしている。


「ようし、私も」

 教皇が腕を捲し上げる。

「お前には無理に決まってんだろうが。死んじまうぞじじい」


 無謀な戦いに挑もうとする教皇を店主が止める。俺たちはその光景を見て笑った。




「あの、教会の皆さん」

 国王は格式ばったしゃべり方で、フランチェスコ、教皇、店主の注目を集めた。

「僕はこれまで多くの教会関係者を殺害してきました。本当に申し訳ございません」

 彼は地面に頭をつけた。そして続ける。

「まことに身勝手だとは思いますが、僕はもうあなた達とは戦いたくありません。許していただけないでしょうか」

 彼は床におでこをこすりつけながら言った。


 それを見た店主がカウンターから身を乗り出し、国王の正面で同じように土下座をした。

「こちらこそ申し訳ない。先代教皇が皇帝とうまく関係を持てば教会も皇族も無駄に死なずに済んだ。責任はこちらにある、すまない」


 フランチェスコが続こうとしたが、教皇が止める。

「貴方の忠誠心は私も信頼しています。仕える教皇が代わったのに私にも忠義を果たしてくれてとてもうれしい。ですがここは私が行わなければ」

 教皇も床に頭をつける。


「国王様。私らがあなたの弟にしたこと、許されることではありません。私はあなたを誤解しておりました。国のことよりも己を優先する利己的な人物だと。失礼しました。これまでのこと、すべては私の責任です。清貧派が優勢となった段階でこの不毛な争いを止めるべきでした」



 国王、権威派元教皇、清貧派現教皇の土下座のトライアングルが形成された。店内はその異様な光景に黙りこくった。しかし、無礼とも素直ともとれる一人の酔っ払いが声を上げる。


「おいおい、教皇に国王だってよ!すっげえ偉いのに土下座できるってすげえなあ!!俺はカミさんにも謝れねえよ」

 そう言うと酔っ払いたちがどっと笑った。相当酔っているのだろう。無礼など考えず男らは彼ら3人を立たせ、酒を勧めた。


「仲直りしたら酒だ酒!店主、酒一杯!」

「教皇って案外酒飲むんだな。見直したぜ」

「国王、お前こんなガキなのに酒なんて飲んで。吐くなよお?」


 酔っ払いらは文字通りの無礼講を繰り広げた。それを咎めるものなど、誰もいない。国王と教会とのわだかまりが、喧騒のうちに消え去っていく。



「よかったですね、バランタイン様」

 サラが隣で嬉しそうにそう言った。

「ああ、よかった。本当に」



 もみくちゃにされる国王を見て、涙が出そうになる。自分の非を認め謝罪できる人間は少ない。それが出来るお前は大人だ。たくさんの酒が飲めることよりもよっぽど大人だ。

 尊敬するよ、国王。



「ありがとうございました」

 俺にそう言ったのはフランチェスコだった。

「長く続いた教会の因縁はもうない。それに、教皇が私に本音を言ってくれた。感謝します。ありがとう」


「僕は僕の出来ることをしただけです。教皇を呼んでくれてこちらこそありがとう。あと、左手は申し訳ない」

 彼の欠損した左手を見てそう言った。

「こちらこそ、あの時は本当にあなたを殺すつもりでした。生きててよかった」

 フランチェスコはサラの方を向いた。


「あなたの主君を傷つけて、申し訳ない」

「いえ、こちらこそ。背中から切ろうとしました。ごめんなさい」



 その後も、この宴会は謝罪が続く奇抜な内容だった。だがそれは口先だけで褒めあう前世のそれよりも何倍も温かくなる。そんな内容だった

おかげさまで50話に到達することが出来ました!

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!!


よろしければ評価等して下さると幸いです!!

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