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49.幹事

 俺はサラと教会へ向かった。熱があるらしく足取りはおぼつかない。しかし今動かなければまた戦闘が起こるかもしれない。利き手ではない腕を失ったところであの教皇騎士は俺達よりはるかに強い。もう、油断なんてしてくれないだろう。


「ゆっくりでいいですからね」

 サラの肩を借りながら教会へと歩む。馬車は目立つ。今は目立たないことが大事だ。

 ピンサロ・エト大聖堂が見えてきた。恐らく教皇らはあそこにいるだろう。いなかったら__侵入者として敵に囲まれるかもな。


「上からいこう」

 俺はサラに告げる。彼女も頷く。俺は足に魔力をため、上空へと跳んだ。ドーム状の屋根に着地する。大体偉いやつは建物の上の方にいるもんだ。俺は窓から大聖堂へ侵入しようとする。


「バランタイン様」

 サラの声がする。彼女は剣を構えていた。その視線の先__そこにはつい先ほど戦闘を行ったフランチェスコがいた。

「随分とお目覚めが早いようで」

 フランチェスコは俺に言った。戦闘モードではなさそうだ。

「そちらこそ、左手のない生活にはなれましたか?」

 そう言うと彼は笑った。


「いやはや、油断しました。私も身を引くときでしょうね」

 彼は欠損した左手を眺めていた。

「謝罪はしませんよ」

 俺は彼に冷たく言った。俺だって腹を貫かれているんだ。

「不要です」

 彼は俺たちに向き直った。



「それで、教皇になんの御用ですか」

 彼は警戒色を強めた。先ほどの襲撃の報復として、俺達が教皇に奇襲を仕掛けようとしている、そう考えていてもおかしくない。

 しかし、俺は国王が戦いをやめる手伝いをしに来たわけだ。もう戦闘の意思はない。

「お酒の誘いです」

「はい?」

 フランチェスコが困惑して聞き返す。


「お酒の席って本音が出るっていうじゃないですか。国王と教皇を飲ませれば仲直りできるんじゃないかと」

「そんな馬鹿な」


「やってみないと分かりません。今日は国王も禁忌の力を切らしているし、どう頑張っても戦闘にはなりません。出来ることは話すことくらいです」

「しかし、教皇はお酒なんて召し上がりません」

 フランチェスコはさみしそうに言った。


「知らなかったんですか。飲みますよあの人。普通に」

「えっ」


 意外な反応をした。思えばこの男は以前の教皇に仕え、政治的な理由によって仕方なく現在の教皇へと鞍替えした。酒場の店主をやっている以前の教皇も、現在の教皇も派閥による対立を感じさせない穏やかな人格だ。

 フランチェスコもそれは分かっているはずだ。どうしても嫌だったら現在の教皇の騎士にはなっていない。現在の教皇とフランチェスコ、その関係はなんとも言えない微妙なものなのだろう。



「今の教皇、好きですか?」

急な質問に彼は驚いた。彼は数秒思案し、答えた。

「尊敬しています。敬虔で義理堅い。ただ教皇は私の扱いに困っているでしょう。なんせ敵対派閥の騎士でしたから。ですが私は教皇騎士として務めを果たさなければならない」


 これでなんとなく分かった。俺達を襲撃したのはおそらくフランチェスコの独断だ。教皇は出来るだけ穏便に済ませようとしていた。国王とは戦いたくないが国を考えると排除するしかない、そんな考えだった。その思いを汲んだフランチェスコは独断でその思いに応えようと俺達を襲ったんじゃないのか?教皇への忠義を証明するために。


 こいつらも話し合いが必要そうだ。


「あなたも同席してください」

「いや、私は__」

「タダ酒です。それに僕も同席します。もしかしたら教皇を殺すかもしれませんよ?」


 忠誠心と欲の両方の側面から動機づけをしておこう。


「決めました。あなたが教皇を誘ってください。場所は僕たちが出会ったあの酒場です」

俺はフランチェスコに言った。

「前代未聞ですよ。国王と教皇が酒を交わすなど。それに宗教上飲酒は許されない」


「何年もの対立を解消させようって言うんです。これくらいしないと」

俺は強い態度でそう言った。

「じゃあこれで」

「あっ。ちょっと__」


俺とサラは大聖堂から立ち去った。これ以上留まっても言い訳されるだけだ。あとは丸投げしとけばいい。フランチェスコならきっと向き合ってくれる。







帰り際、俺はドミニクさんの酒場に寄った。



「よお坊主、まだ店はやってないぜ」

太い腕でコップを吹きながら店主はそう言った。

「今夜は貸し切りにして下さいませんか」


「なぜだ?」

彼は疑問そうに答える。

「国王と教皇を飲ませます。仲直りです。あなたとも」


すると店主がこちらに向かって歩く。怖い顔で。一瞬殴られるかと思ったがそんなことはなかった。

「だめだ」


「なぜ?」

驚いて答える。


「よく考えてもみろ。いくら酒飲んだからと言って、あいつらが真面目に腹割って話すと思うか?」

確かに、警戒している相手と飲んでも楽しいどころか、そもそも酔わない。



「でもやってみなきゃ分かりません。お願いです!」

俺は頭を下げた。

「だめなのは貸し切りの方だ」


店主は微笑んで答える。

「この店はなあ。前にも言った通り誰かの助けになるためにやってるんだ。心の拠り所ってやつさ。それを奪っちゃかわいそうだろう」

店主はまたカウンターに戻り、コップを拭き始めた。


「客として来い。席は空けといてやる」







 その後俺は宿に戻った。病み上がりであるため、ぐったりだ。

「どうだった?」

国王が聞いてくる。

「みんな来るよ」

「そっか」

国王の顔に緊張が浮かんだ。



「国王ってお酒飲めたっけ」

ふと疑問になり尋ねる。

「飲んだことない」


 意外だった。皇帝の一族ということで酒の席なんて腐るほどあると思っていたが。

「身体能力が落ちるから飲むなって」

そう言われて納得した。国王は本当に誰かに指示でしか生きてこなかったのだ。

「なるほどね」


俺はそう言い、眠くなってきたので寝ることにした。

「サラ、時間になったら起こしてくれ」

「それは良いですが、飲むんですか、バランタイン様」

「当り前じゃん」


「怪我人なんですよ!」

サラが心配そうに言う。

「友達の初飲酒に付き合わないなんて無粋なことできるかい!」

俺は笑って言う。

「はあ、控えめにしてくださいね」

「うん」


俺は国王を見た。国王は今までずっと敵だと信じて疑わなかった相手と酒を飲み、仲直りしようとしている。それは今までのように戦い続けることよりも難しいことだと思う。





頑張れ国王。大人になる時だ。


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