48.因縁
もちろん、教皇騎士は迫りくる殺気を察知し、剣でそれを受け止めた。
「ぐっ」
教皇騎士が片膝をついた、左手の負傷もあるだろうがそれでもサラの攻撃が想像以上だったのだろう。サラは大きく振りかぶり、教皇騎士を薙ぎ払う。フランチェスコは吹き飛ばされ壁に激突する。サラは体勢を立て直す隙を与えない。
もう一度薙ぎ払うように剣を振る、フランチェスコはかろうじて剣を受ける、しかしサラの攻撃はそのあとが本命だった。金的。サラは右足を振り上げた。
フランチェスコは悶絶し、嘔吐する。
「なかなか__卑怯な手を使います」
「私の主に手を出してただで手を済むと思わないでいただきたい。聖職者風情が」
サラは剣を構えなおす。
「サラ!」
キャスが何とかサラの身体を取り押さえる。
「サラ、大丈夫。この人はもう襲ってこない。大丈夫。」
暴れるサラをキャスはなだめた。
「ううっ」
満身創痍に近いと思っていたフランチェスコは案外早く立ち上がった。回復が早い。これも教皇騎士が故なのだろう。
「やっぱり、あなたは怖い」
フランチェスコはそう言い残し去っていった。
俺は意識が遠のくのを感じる。最後に印象に残ったのは、初めて見るサラの泣き顔だった。
気が付くと俺はベットの上にいた。
「バランタイン様!」
サラが俺の顔を覗く。サラが安堵を表情に出した。
「まったく、完全に枯渇したよ」
国王も同じ部屋にいたらしい。俺は傷を触る。すると穴がきれいに消えていた。
「僕の禁忌の力を流したの。致命傷は無理だけど、人の回復力を促進できる」
治癒魔術といったところか、俺も花に実験したな。
「僕はどれくらい寝てた」
サラに尋ねる。
「3時間くらいです」
3時間か、相当な量の魔力を俺に注入したのだろう。国王もかなり消耗していたであろうに。
「ありがとう」
俺は礼を言った。
「君に死なれちゃ困る」
「申し訳ありませんバランタイン様。私の不注意です」
キャスが謝る。
「いや。キャスおばさんか来なければ死んでいました。ありがとうございます。」
「私もごめんなさい」
サラも謝った。
「大丈夫だって。サラがあんなに強くなってるとは思わなかったよ」
「あれは、無我夢中で__」
サラは自分を責めているようだ。自分の主にけがを負わせた負い目があるのだろう。
「愛かな?それとも忠誠心?」
俺は茶化すように言った。
「意地悪ですね」
サラは苦笑いをした。もう大丈夫そうだ。
「それにしてもフランチェスコさんと面識があったんですね」
俺はキャスに話しかけた。彼が言っていた”借り”とは何なのだろう。
「大したことではありません。ブランデー家がナポレオン様の報復のために教会と衝突した際、命を奪わなかっただけです」
「なぜです?ウィンストン家はブランデー家への忠誠が厚かったのでは?」
この世界において忠義は冷酷な行動をも可能にする。先ほどのサラもしかり、主のためならば何でもこなす。キャスのように誠実な人間ならば敵に情けをかけるなどあり得ないと思ったのだ。
「それは__」
キャスが言葉に詰まる。国王が近くにいるからだ。
「過去のことだ。言っていいよ」
国王が彼女にそう言った。
「将来的に教会と皇帝一族の関係が改善されるようにです」
「教会と?」
驚いて立ち上がったのは国王だった。
「ええ、ウィンストン家はあの戦闘の際、死亡者を出さないように心がけました。遺恨を残さないように」
「それはなぜ?」
「あの戦闘で教会側に死傷者が多く出れば、ブランデー家と教会の対立は泥沼化します。長いこの対立をウィンストン家は終わらせたいと考えていたのです」
「教会の人間は皆殺しにしろという、主からの命令に背いてまで?」
国王は困惑していた。ウィンストン家の意図が読めないのだろう。
「我々は主君の幸せを願っておりました。身勝手な判断であることは承知しておりましたが、結果的にブランデー家のため、特にオルダージュ様を思っての行動です」
「なぜ、僕たちと教会の対立を止めることが僕の幸せになるのさ」
「あなたは禁忌を背負って生まれてきた。積年の恨みをその強大な力で晴らすことをあなたは義務付けられていた」
国王は頷いた。
「それが僕に課せられた運命だ」
キャスは首を振る。
「いいえ。あなたは自分の人生を生きる権利がある。人生に義務など生じない」
「いや違う。僕は教会を潰さなければならない。一族のために。ナポレオンのために!」
国王は怒号を浴びせた。
キャスは国王の頬を叩いた。
「いい加減、自分を許したらいかがですか」
キャスは真っすぐな目を彼に向けた。
「オルダージュ様、あなたはもう、教会と戦わなくてもいいのです。あなたには人として立派です。これ以上自分を責めるのはやめてください」
「じゃあなんでキャスは僕の所からいなくなったんだよ!」
国王は嗚咽をこらえきれなくなっていた。
「教会との戦闘の後、あなたはふらつき歩くようになりました。失礼ながら私はチャンスだと思ったのです。どこか海外でも行けばあなたは皇帝一族の呪縛から解放される。だから私はあなたが帰る場所にはいない方がいいと思った。だから姿を消したのです」
これがキャスがラムファード家の使用人となった経緯か。
「しかし、あなたは戻ってきてしまった。国王として。力を持つ者として責任を果たすと言った。私は結局、あなたに何もできなかった。本当に、申し訳ございません」
彼女の目は赤くなっていた。
「もう、無理をなさならいでください。力を持つからといってそれを誰かのために使わないといけないわけではありません。いいのですよ、もう、頑張らなくて」
「いいの?僕、戦わなくて」
彼は膝をつき、頭を抱えてそう話す。周りを一瞥する。俺たちは頷いた。すると国王は泣き出した。
「よかった。バランタインが怪我したときし、僕、怖かった。また僕のせいで人が死ぬ。せっかくできた友達が僕のせいで。その時思ったんだ。こんな思いをするなら僕は死んでもいいって。戦いたくなんてないって」
国王がフランチェスコに投降した理由が分かった。
「ねえ、国王。」
俺は彼に尋ねる。
「教会と和解できる方法があるんだけど、する?」
一同の視線が俺に集まる。
「うん、もう戦いたくない」
「どんなことでも?」
「する」
即答、よし俺も友達のためにもう人肌脱ぐか
仲直り作戦、開始だ。




