47.教皇騎士フランチェスコ
「川を干上がらせるとは、何たることを」
フランチェスコはじりじりと距離を詰める。剣に手をかけながら。
「待ってください!僕たちは疫病を止めようとしているんです」
「川の水をなくすことで?」
フランチェスコは依然距離を詰めてくる。ゆっくりと。ゆっくりと。
「僕たちは禁忌の力で遺体や汚物を処理しているんです!」
出来るだけ端的に説明することを心掛けた。
「ほう」
フランチェスコは立ち止まった。
「どのように?」
「物体にある祝福(魔力)を吸い取るんです。ナポレオンさんの魔力吸収装置から着想を得ました。」
「では、教会でも疫病の拡大は阻止できると?」
教皇が持つあの装置を使えれば出来るだろう。
「結構」
フランチェスコはそう言った。
「しかし、やはり国王はここで死んで頂きます」
フランチェスコはまた歩みを進めた。
「なぜです」
俺は国王の前に立って言う。
「ドミニクさん__前教皇の騎士としてのけじめです。こうしなければ私は今の教皇に心からお仕えしているとは言えない」
なるほど、どう頑張っても戦闘は避けられないということか。
俺は剣を抜いた。
「できればあなたとは戦いたくないものです。そこをどいていただけませんか」
フランチェスコは嘆願する。
「いいえ。僕も嫌ですが、こちらにもそれなりの理由がありますので」
「そうですか。仕方ありません」
彼は剣を構えた。
対峙して実感する__隙がない。父やザクセン選帝侯と同じ感覚だ。
「バランタイン君、ごめん。今の僕は足手まといだ。自分の身を守るので精一杯」
川の水を消失させるだけの魔力を消費して、それでも教皇騎士相手に自衛が出来るだけでも十二分なのだが。
「僕の指示に従って。そうすれば死ぬことはない」
国王が後ろから声を掛ける。
「うん、分かった。信じる」
これは友情による信頼という訳ではない。俺よりはるかに強く、魔力の扱いに長けた彼の指示に従うのが最も有効だと考えたためだ。
「前のアドバイス、覚えてる?」
俺は必死に記憶をたどる。
「魔力__じゃなくて禁忌は全部放出させず、体内に残しておくんだっけ?」
俺はフランチェスコから目を逸らさないまま会話を続ける。
「そう。全力を出さないでね」
全力を出しても勝てる相手ではなさそうだが、ここは素直に従おう。
「参ります」
光のように速い突きが俺の眉間に近づく。俺は首を倒して躱し、心臓を狙って突きを返す。教皇騎士はひらりとそれを交わし、また距離を詰める。下段__左足を右から狙ってくる。俺はジャンプをして躱す。教皇騎士は手首を返し次は俺の首を切り上げようとするが、俺は剣でそれを防ぐ。
つばぜり合い、俺は押し込まれていく。すると国王がフランチェスコの脇腹へ剣を刺そうとする。フランチェスコは俺から離れ、国王の剣を回避した。
「あなたもやりますね」
フランチェスコが俺を褒める。
「これでも選帝侯の息子ですから」
「なるほど。ではあなたも本気で殺させていただきます」
フランチェスコは再度剣を構える。
「来るよ、バランタイン」
「うん」
俺は魔力を多めに放出する。受け流してカウンターをいれていやる。そう思っていたが、二回目の彼の突きは、先ほどの倍近い速度だった。心臓に一直線。速度に比例した重い一撃は俺の腹部を貫いた。
「うっ」
剣が刺さっていく刹那、俺は父のアドバイスを思い出していた。
『致命傷を受ける時は同時に、相手も殺せるとき』
俺は痛みを認識する前に力を振り絞り剣を振った。
「うおっ」
敵の思わぬ反撃に、教皇騎士は負傷を受け入れた。俺は彼の左手首を切り落とした。そしてそのまま押しのけるように彼を突っぱねた。
鮮血が石造りの地面を彩る。俺は腹部から熱せられるような痛みを感じていた。うめき声が出る。しかし、絶対にフランチェスコから目を離さない。隙を見せたら__一瞬だ。
「ちっ」
フランチェスコは自身の衣類を引きちぎり、口を使って左手をきつく結んだ。簡易的な止血だ。
俺は半ばパニックになっていた。死ぬかもしれない。前世の時とは異なり、痛みが死への距離が遠くないことを教えてくる。
国王が寄ってくる。
「大丈夫、死なない。禁忌の力は残してある?」
俺は声が出ず頷くだけだ。
「それを傷の部分に流して。一時的だけど痛みはなくなる」
言われたとおりにする。確かに痛みは引いた。しかし、血は止まらない。赤が俺の情緒を揺さぶる。顔から汗が噴き出てくる。怖い。
「教皇騎士」
国王が前に出る。
「僕を殺したら、僕の友達は助けてくれますか」
意外な一言だった。
「ええ、、もともと、、、そのつもりです」
フランチェスコも痛みに耐えているようで、息が絶え絶えだった。
「では、どうぞ」
彼は剣を捨て両手を広げた。
「やめろ、逃げろよ」
自分のせいで人が死ぬのは嫌だ。彼はもう、俺の大事なもののカテゴリーのなかだ。
「僕のために説教だってしてくれたし、そもそもローマまで来てくれたじゃない。命令してもないのに。それで十分さ」
「なに、かっこつけてんだよ、これを、無駄にすんなよ」
俺は手についた血を見せた。
「ごめんね。初めてできた友達なんだ。いいとこみせたいじゃん」
くそ、一度でも国王と似ていると思った俺が馬鹿だった。こいつは一個人のために自分を投げ捨てられるやつだ__王の器だ。自分よりよっぽど有能じゃないか。だからだめだ、情に流されるな。俺なんかのために、死ぬな。
「バランタイン様」
声がした。その声はキャスだった。
「なんてこと」
彼女は言葉を失った。しかしフランチェスコは彼女を見て様子が変わった。
「あなたは___」
「キャスター・ウィンストン。久しぶりね」
「ええ、お久しぶりです」
「あなたはその子の__?」
「ええ、私はラムファード家の使用人をさせている身」
「あなたには、、借りがあります」
フランチェスコはそう言った。
「では、今返しなさい」
彼は一瞬悔しそうな表情を見せたが、すぐに頭を下げ背を向けた。
現場には安堵感が漂った。良かった、誰も死なずに済んだ。俺は痛みがぶり返してきているのを感じた。早く手当しないと、そう思っていた矢先、獣のような殺気が俺たちを横切り、背を向けたフランチェスコに向かっていく。
「貴様!」
長い剣を持った長髪の少女、サラ・ナイルズ・ベルモットは壁を伝い、フランチェスコの首を切り落とさんと、空中で体を捩じりながら切りかかった。




