46.奇跡
「奇跡?」
国王は尋ねる。
「そう奇跡。俺と国王だけが扱えるもの。僕たちを神たらしめるもの」
「禁忌の力か」
「そういうこと」
俺は指を鳴らして答える。
「でも、どうやって?」
「まあ見てな」
俺は絞ったブドウの魔力を奪った。すると昨日やったように、ブドウは色を失って灰色になり、ぱらぱらと消滅していった。
「そんなことが出来たんだ」
国王は興味深そうに尋ねる。
「まあね」
「どうやって知ったの?」
「それは、その、教皇に魔力吸収装置のことを聞いたんだ。だから、俺にもできるかもしれないと」
彼にとっては魔力吸収装置は弟のナポレオンそのものだ。彼にとっての心の傷であるその話をするのは憚られた。
「なるほどねえ」
しかし、彼はそんなこと気にも留めてなさそうだった。
「これを街に散乱する死体、吐しゃ物、糞尿に使う。そうすれば、病気がうつることが減って少しずつ街は回復していくと思う」
時間はかかるが、感染経路をしらみつぶしに潰していける。
「やるしかないね」
国王はそう言った。
「私たちも手伝います。」
食堂に入ってきたのはサラとキャスだ。付き添いの騎士もいる。
「オルダージュ様」
キャスは国王に告げる。
「なに?」
「お顔が変わりました」
「そうかな、ありがとう」
俺からみても今の国王は憑き物が落ちたような表情だ。頭のごちゃごちゃを整理できたためだろう。
「バランタイン様、私たちはどのように動けば?」
「そうだなあ」
俺はパンを口に含んで考える。硬い。もう慣れたがこの時代のパンは前世のそれと全くの別物だ。咀嚼をすると、口にむず痒い感覚が走った。
「あっ」
歯がぐらついた。急激な成長によって俺の身体は15歳くらいになっていたが、歯の半分はまだ永久歯に生え変わっていない。
抜けた歯を見て、思いついた。俺は抜けた乳歯に魔力を注入する。するとわずかにだが、魔力が吸収された。ナポレオンの心臓ほどではないが、魔力を有する者の身体はある程度、魔力を吸収する機能があるらしい。
「サラ、これを使って。」
俺は乳歯を布で包み、サラに渡した。
「キャスとそこの騎士さんの分は__」
俺は舌で奥歯の方を押す、ぐらつく歯は__まだある。
歯医者は昔から苦手だった。消毒液のにおいもそうだし、仰向けで固定され、口の中に異物が入っていくあの感覚は、今でも夢に見る。
「行きますよ」
キャスが告げる。
「ふぁ、ふぁい」
半開きになった口で答える。俺の歯はひもで縛られ反対側には棒が結ばれている。棒の持ち主はキャスだ。キャスはそれを思いっきり振り、俺の歯を抜こうとしている。
怖くて手が震える。歯が抜けるってこんなに怖かったのか。
「大丈夫ですよ、痛くないです」
サラは手を握ってくれている。それでも正直、ちびりそうだ。
「いち、に!」
キャスが棒を振った。3で振れよ。俺の歯が飛んでいく。一瞬衝撃が加わったが、痛みはなかった。
「あともう一回ですよ、バランタイン様」
サラは優しく俺の背中をさする。目に涙が溜まっていることに気づく。その光景を見て国王は大爆笑している。
「いやあ、バランタイン君も情けないところあるんだね」
俺以上に目に涙をため笑っている国王を俺は殴りたくてしょうがなかった。ちなみに彼はもうすべての歯が永久歯に代わっているそうだ。だから俺が2回やることになった。
二度目もやっぱり怖かった。緊張が解け膝から崩れ落ち、四つん這いとなる。
「お疲れ様です、バランタイン様」
サラの労いの言葉が俺の情けなさを増幅させる。
しかしこれで準備は整った。
「よし、じゃあみんな、散開!」
国王が号令をかける。
俺達は別行動し、街に広がる汚物や死体を消失させた。本当は埋葬をした方が倫理的には良いのだろうが、死者の弔いより生存者の安全確保だ。これ以上無駄に人は死なせない。
本当に途方もない作業だ。しかし、ワクチンを作る知識や技能がない以上これをするしかない。そしてこの作業の一番の難所は水だ。川全体に細菌が紛れているとしたら、遺体や汚物を完全に排除してもまた疫病が蔓延する。
この話をすると国王は僕に任せて、と言った。大丈夫だろうか、一応教会に狙われている身だし単独行動はさせたくない。心配する俺を見ても彼は大丈夫と繰り返した。
作業開始から二時間。川の方で喧騒が聞こえだした。何事かと思い、俺はそちらに駆け寄った。すると、そこにあった川はなくなっていた。
「なんだよ、これ」
声が出なかった。まさか川まるごと消失させるとは。犯人は明らかだ、俺は後ろを振り向いた。そこにはばつの悪そうにする国王がいた。俺は国王に近づく。
「やりすぎですよ」
「ごめん、加減が分からなくて。これ、疲れるね」
国王はぐったりしていた。
「無茶しすぎです」
魔力を奪う行為、魔力吸収は、一見相手の魔力を自分に取り込むため、体力の回復に役立つ思ったが、実際は相手の魔力を10吸収するために15とか20の魔力を消耗する。
つまり、魔力差が大きく開いている相手に対する一撃必殺のようなものだ。これだけの川の水をなくせるということは国王の膨大な魔力があってこそと言える。
しかし、いくら国王でも魔力が枯渇している。休ませなければ。飯を食べ、睡眠をとらないと魔力は回復しない。今日はとりあえず宿に戻ろう。
俺は国王のとともに宿に戻る。国王の足取りは重い。
「おや、もうお帰りですか」
知っている声がする。また会えたという気持ちと同時に、自分が今、破滅的状況にいることに気づいた。
俺は後ろを向いた、そして戦慄した。
最悪な状況だ。
「殺しに参りました、国王」
そこには剣を抜いたフランチェスコが立っていた。




