43.帰り道
夜は深い。冷たい空気が張り詰めている。
さて、今日はもう帰って寝よう。頭が情報でいっぱいいっぱいだ。どいつもこいつも立派な人間たちだぜ、全く。
「大丈夫ですか、バランタイン様。」
サラが俺の顔を覗き込んだ。
「何が?」
「先ほど吐きそうになっていましたので。お酒、効いちゃいました?」
「いや、大丈夫。聞いたのはさっきの話かな。」
魔力吸収装置の十字架はナポレオンの心臓であるという話だ。
「結構強烈でしたもんね。」
サラは案外ケロッとしている。まあ、騎士の訓練を幼少期から受けてきているわけだし、耐性はあるか。
「この力が人を殺すんだもんなあ。」
俺は全身に魔力を循環させた。持って生まれたものだ。これが禁忌だとか、祝福だとか、そんな大層な者だとは思えない。
「いま、魔法出してます?」
サラが尋ねる。
「うん、出してるよ。見える?」
「いいえ、ぜーんぜん。」
サラは微笑んだ。
「教皇もおっしゃっておりましたが、バランタイン様はその力を扱えるに足るお方だと思います。国王様がどうかはさておき。」
「僕も殺されちゃうかもよ?」
冗談ぽく言う。
「それはさせません。私がいます。」
「そう言うと思った。」
サラは当たり前ですと言った顔をする。その顔を見るとつい、本音が漏れてしまう。
「僕は国王や教皇の方が立派な人間だと思う。」
「なぜです?」
サラは疑問いっぱいの顔で尋ねる。
「国王は弟の恨みがあるとはいえ、帝国民のことをよく考えている。それが本当に正しいのかどうかは別として、民衆を教会から解放することを掲げて、自分の命をかけようとしている。教皇もそうだ。教義と政治をうまく天秤にかけながら、信徒が国王に脅かされるのを止めている。僕にはできないよ。」
「でも、バランタイン様も尽力されているではないですか。」
「まあね。でもそれは大義のためじゃない。今回ここに来たのだって、国王が融資してくれるからだよ。社会のために、なんて、僕はこれっぽっちも考えていない。」
「いいんじゃないですか、動機なんて。バランタイン様はローマに来て、疫病を止めようとしている。他人から見れば、動機なんて分かりません。行動によってのみ人はその人を評価するのです。」
「そうなのかな。僕みたいな打算的な人間は、大義を掲げて頑張っている人にはかなわないとおもうけどなあ。」
なぜだろう、惨めな気持ちになってくる。口に出すと自分がいかに小さいスケールの人間かよくわかる。
「シロック様がバランタイン様を妊娠されたとき、なんておっしゃってたかご存じですか。」
「母上が?うーん、分からないな」
「『これで愛を証明できた』です。」
「どういう意味?」
「私にも真意は分かりません。でもシロック様は長い間、子供には恵まれませんでした。コルネオーネ様は大丈夫だ、と励ましておられましたが、シロック様にとって子供を産むことは夫婦の絆の証明だったのでしょう。」
俺は声が出なかった。愛とは相手を思いやる気持ちといった、前世の常識が完全に否定されたようだ。
「シロック様は人の感情よりも、合理性を優先させすぎる部分もありますが、逆に言えば行動さえ伴っていれば、心情はともかく愛は証明できるとお考えです。」
「それはつまり、本当は思っていなくても行動さえとっていれば愛があると?」
「そういうことです。だからバランタイン様も同様に、疫病を止めようとする今の行動は、国王様や教皇と同じく大義のためという訳です。」
「なかなかの暴論だね。」
俺はすこし皮肉めいて言う。
「では証明しましょう。」
そう言うとサラは俺の手を握った。夜風により冷えた手がサラの体温によって温められる。
「どうです?」
「うん、伝わる。」
彼女が俺を思う気持ちが、痛いほどに。
「ならよかったです。」
「これは愛?」
「いいえ、主が寒そうとしていたからです。忠誠心といったところでしょうか。」
「忠誠心なら目を見て言ってほしかったなあ。」
夜はまだ深い。だが寒さはもう感じなかった。




