42.教皇-後半
「ナポレオン様も禁忌の力を扱えました。教会も祝福を扱う研究を何年も行いましたが、終に祝福を留めることは叶いませんでした。だから教会最終手段として、ナポレオン様の身体を解体しました。結果、彼の心臓が、多くの祝福を含んでいることが分かりました」
アルコールが急に効いてきたのか、胃から何かが逆流してきそうになる。
「彼が死亡してもなお、この心臓は祝福を吸収する。国王に抗う手段を得たわけです」
なるほど、国王が救いの息吹を受けた時、これは弟だと思った理由はこれか。
サラが俺の背中をさすってくれたので、何とか耐えた。俺は落ち着きを取り戻した。
「なるほど、その装置のからくりはよく分かりました。しかし、あなたはまだ最初の質問に答えていない。答えてください。なぜ清貧派は国王を目の敵にするのですか。」
「言ったでしょう、彼が未熟だからだと。」
「それは説明になっていない。」
「そうですか。あなた達はアクア教の信徒ではありませんね?」
「ええ。僕も、僕の騎士も。」
「分かりました。では、話させていただきます。」
「アクア教のような大規模な宗教は、聖典の解釈が盛んです。神学とも呼ばれます。なにか新しい技術等が開発されると、それらを聖典と照らし合わせ、主の教えに反していないか否かを見極めます。例えばお酒。清貧派の解釈では、酒は清い労働に反するものとして禁じています。まあ民衆の皆さんにおいては、飲酒が労働の糧になっている場合もありますので、教会としては黙認しています。」
「はあ。」
何の話か分からず生返事をしてしまった。
「では、祝福が発見されたとき、教会はどのように解釈したと思われますか?」
「うーん。」
先ほどの吐き気が若干残っているため、頭が働かない。
「祝福というくらいですから、良い方向に解釈したのではないでしょうか。」
サラが代わりに応えた。
「そうですね。教会は祝福こそ神が万物に与えたもうたものとして解釈しました。神が世界を作った証拠だと。」
そうか、啓典によると神が世界を創造したんだっけか。
「では、なぜそれが禁忌に?」
「ここは権威派とかなり対決しましてね。権威派は神への信仰を取り仕切る教会こそ、祝福を用いてその権威を示すべきと主張しました。いわば神の代理の役割ですね。」
あの店主のマッチョイズムに確かに合致している。俺が禁忌の力を行使できると知った時、あの店主がすごいなというリアクションをした理由が分かった。
「対して清貧派は、祝福は神が扱う物。我々はそれに触れずつつましく暮らすという主張です。万物に祝福が宿るであればそれすなわち万物は神の所有物。我々がそれを独占することは神の御意思に反すると。」
「利子を禁じているのはそれが理由という訳ですか。」
教皇は頷く。
「もちろん、利息というのは富める者がより富む手段であり、格差を広げないためという実利的な理由もあります。しかし、我々は祝福を借りている身。貸す側になることは好ましくない。」
なるほど、そういう理由があったのか。思ったよりも理屈が通っている。
「結局、権威派は国王の攻撃により弱体化し、清貧派の考えが主流となりました。」
こうして、祝福は禁忌の力となったわけだ。
「祝福を行使できるということ、この考えに寄れば教会にとって、あなたたちがどのような立場にいるか理解できましたか。」
「ええ、神への冒涜者といったところでしょうか。」
教皇は首を振る。
「いえ、神そのものです。」
教皇の周りに光の粒子がふわっと広がる。それだけ重い発言、気力が必要な一言だったのだろう。
「この世に、神は2人もいらないのです。だから、国王を我々は消す必要がある。我らが唯一神のために。」
彼の声はひどく冷たかった。
「と、イデオロギー的にはそう言っておきましょう。」
彼の声は急に軽くなった。
「今からは教皇の立場ではなく、一人の権力者として話させてもらいます。」
教皇は手を叩いた。すると、従者がなんてことない椅子を持ってきた。教皇はそれに座って話す。
「失敬。すこし疲れてしまいましてね。あなた達も座りますか?」
「いえ、結構です。」
「そうですか。」
教皇は話を続ける。
「確かに教会の思想上では、国王は絶対的に敵です。しかし本音を言えば、あんな化け物ぞろいの一族なんかと戦いたくありません。」
「ではなぜ、国王の弟を殺し、彼の恨みを買うようなことを?」
「誰が言ったんだか、『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である』と聞いたことがありますか」
「ええ、なんとなく。」
これは”前世の”ナポレオンが言っていた(とされる)言葉だ。
「あの国王は無能そのものですよ。このままにしておけば、教会と皇帝が戦争する以上にひどいことになるかもしれない。彼には力こそあれど、人の上に立つ器が足りないんです。」」
そうか、これが教皇が国王を”未熟”と言い続ける理由か。
「彼は自分で考えることをせず、皇帝の言いなりだ。自分の立場や意義、自分が何をしたいかすらわかっていない。」
それは違う。彼は馬鹿ではない。必死に考え、悩んでいる。
「だが、あなたは違う。禁忌の力を持っていながら、多くの人の利益になるような行動をとっている。聞きましたよ、ブランデンブルクが選帝侯に選ばれたのは、あなたの活躍でもあると。」
「いえ、そんな。母や父の力です。」
「そういう所です。あなたは本気を出せば私を殺すことだってできるでしょう。力を持つのですから。しかし、それをしない。私を立てている方が得だと考えている。」
それはそうだ。前世で立場が上の人間とのコミュニケーションは嫌というほどしてきたし、それがうまいに越したことはない。
「だから、あなたとは敵対したくない。国王とは違い、あなたは武力を平和の手段に出来る。どうです、こちらにつきませんか?ブランデンブルクの財政問題等は私が引き受けましょう。加えて教会の力を使い、あなたを国王に推薦して差し上げます。」
こいつ、どこまで調べ上げているんだ。さすが、教会の政治担当といったところか。確かに、教皇の力を借りればラムファード家、ブランデンブルクをより豊かにすることが出来る。俺の第二の故郷に恩返しができる。
だが__
「お断りします。」
俺はきっぱりと断った。
「なぜ!?我々と敵対すると?」
彼は椅子から立ち上がって尋ねた。
「あなたたちの事情はよく分かりました。権威派の教皇、教皇騎士、そしてあなた。みんな尊敬に値する人物です。賢いし、民衆のことを考えている。あなた達とは戦いたくありません。でも僕は__国王に従います。僕は彼を信じています。彼は成長できます。」
俺は教皇を真っすぐ見た。
「なぜ、あの国王をそこまで__。」
「友達だからです。」
そう、初めに友達になろうと言ったのは国王だ。国王も教会もそれぞれ理解できる理由がある。絶対悪などいない。なら俺は最初に友達になった人間の味方でいる。不器用でガキっぽい、でも馬鹿みたいに強くて一生懸命なあの国王の。
「はあ、人間臭いですね。」
教皇はため息をつき、そう言った。
「そちらこそ。」
俺は笑顔で返した。
「次会うときは、敵ではないといいですが。」
「ええ、次会うときは友好的にお願いしますね。救いの息吹は勘弁です。」
「私とて、これを使うのは心が痛みます。」
教皇は苦笑いをする。
「では、失礼します。」
俺とサラは、教皇に背を向ける
「最後に。」
俺とサラは振り向く。
「お酒の飲みすぎは禁物です。」
「ええ、肝に銘じます。」
「肝は労わるものです。」
俺達は大聖堂を後にした。教皇の手にはいつの間にか酒瓶が握られていた。




