41.教皇-前半
「いや、ほんとありがとうございます。」
馬車にて、酔っ払いの教皇騎士が今にも寝そうになりながらお礼を言う。
「いえ、自分の意思です。」
「あなたはやさしい方だ。」
「いえ、打算的なだけですよ。」
実際、俺にとって何のメリットもなかったら、それが皇帝だろうが教皇だろうが時間を割くつもりはない。
「いえいえ、頭がいいだけの人間と、聡明な方の間には明確な差があります。あなたは良い人だあ。そこのお嬢さん。いや、騎士さんも。」
「ありがとうございます。」
サラがお礼を言う。
「私、ほんとに怖かったんですよ。あなたのこと。殺されるかと思いました。」
「まあ、警戒はしていました。」
「好きな人を守れるって、幸せですよ。行動と目的が一致しますからね。迷うことなく戦える。」
彼は半分愚痴っぽく言う。
「いや、もちろん。今の教皇も尊敬していますよ。たくさんのことを考えるし、度胸もある。でも僕はこれでいいのかなって思うこともある。なんせ、僕はきょ、ドミニクさんに憧れて教皇騎士になったんですから。」
酔っ払いの相手にサラは若干嫌気が差しているようだ。しかたない、ここは俺が前世で鍛えたよいしょトークを披露する場だ。
「へえ、どんなところに憧れたんですか?」
「そりゃもう、彼の筋肉ですよ。」
「へ?筋肉?」
俺は思わず聞き返す。
「そう、筋肉。マッチョイズムというんですかね。権威派っていうのは筋肉のようなものだと。大きな筋肉は畏怖も集めるし、象徴にもなり得る。権威とはまさしく筋肉ではないかと。」
「はあ。権威派っていうのは皆鍛えているのですか?」
「そんなわけないですよ。彼の在り方の話です。権威派っていうのは宗教が人々の支えになることを目標としています。信仰する対象が絶対的であれなあるほど、人々はそれにすがりたくなりますからねえ。」
彼は酔っ払いだが理路整然としていた。
「筋肉はその権威派の思想と一致すると。」
彼は指を鳴らす。
「まさしく。ドミニクさんは筋トレのように徹底して教会の地位向上に努めた。先代の皇帝をひれ伏させるほどに。」
国王が言っていた話か。これによってブランデー家は打倒権威派を掲げたんだっけか。
「そんな元教皇がなぜ生前退位など?」
そう言うとフランチェスコは悔しそうな表情で言う。
「人が死に過ぎたからです。」
「あの国王は権威派の主要な人間を家族もろとも殺しました。だれも彼を止められない。私でも。」
まあ、父とザクセン選帝侯を手玉に取る国王だ。さすがの教皇騎士でも勝てないだろう。
「権威派の人間が死ぬのを止めるため、あの人は任を退いた。」
なるほど、それが生前退位の真相か。
「着きましたよ。」
気が付くとまたあの大聖堂の前に来ていた。
「教皇は中でお待ちです。私は飲酒がばれると怒られるので、先に失礼します。」
そう言うと宮殿の方に姿を消した。
俺とサラは聖堂の中へと進む。すると、昼間見たあの老人がそこにいた。
「ご足労をおかけしました。」
教皇は頭こそ下げなかったが、柔らかな態度で俺達を迎えた。
「それで、何の御用です?」
俺は跪かず立ったまま話を続ける。
「昼間のことは申し訳ない。その謝罪と、私からのお願いを聞いてもらおうかと思いまして。」
「お願い?」
俺は繰り返す。頼みごとをする側が呼び出すのかと思ったが、立場を考えるとこんな夜中に教皇が起きて出迎える時点で相当なことだ。
「はい。単刀直入に申し上げますと、国王を裏切ってこちらについていただきたい。」
おお、思ったよりも直球だった。
「理由を伺っても?」
「ええ、あの国王はあまりにも未熟。人の上に立つ器ではありません。彼が皇帝になることは帝国の危機となり得る。」
まあ一部同意だな。彼は子供っぽい。特にプライドが高いのか、人に頼ることが出来ないのだ。教皇は続ける。
「権威派から清貧派に教会内で移行した話についてはご存じで?」
「はい、道中、フランチェスコさんから。」
「お酒を飲んでいましたか?」
おい、見破られてるぞ。教皇騎士よ。まあいい、それなら白状しよう。
「ええ、まあ。」
「はあ。でしょうね。まあいいでしょう。手間が省けました。」
「なぜ、清貧派は国王の弟を殺したのですか?」
最も疑問に思っている部分だ。なぜブランデー家のターゲットだった権威派が失墜したのなら、教会は彼の脅威におびえる必要はない。なぜ、わざわざ清貧派までもが彼と敵対する必要があったのか。
「その点については、あなたが納得してくれるかどうか。」
「聞かせてください。」
どんな理由でもいい。人を殺すにはそれだけの理由があるべきだ。力を持つ者がそれを行使するにはそれだけの理由が必要だ。それが力を持つ者の責任であり、ある種のノブレス・オブリージュだ。
「そうですか。ではまずこれを。」
彼は懐から十字架を取り出した。と言っても修学旅行のお土産のような金属のものではなく、革のようなものでできている。
「それは?」
「禁忌を封じるもの。救いの息吹です。」
説明を受け、俺はとっさに後ろに飛び距離を取った。本能的にそれを忌避している。
「大丈夫です。あなたには使いません。嫌かもしれませんが少しご覧になってください。」
教皇の周りに光の粒子が集まる。わずかではあるが、教皇に魔力が帯びた。その魔力は十字架に吸われていく。
「はあ_はあ。ご覧になりましたか。」
「ええ。」
「万物には祝福が宿ります。私の身体にも、植物にも。この聖堂にだって微々たる祝福が流れております。祝福は世界を循環し、流転をもすると言われております。あくまでアクア教での話ですが。」
祝福__どこかで聞いたような。
「禁忌の力とはその祝福そのものです。循環すべき祝福を自己に留め、力として扱うことが出来る。それがあなたや国王です。」
だめだ、頭が追い付かない。万物に祝福が宿る?俺や国王はそれを扱える?ではなぜ俺達はそれが出来るんだ。あの装置はいったいどういう原理なんだ。くそ、理解が追い付かない。
「これは祝福を吸収する物。あなたたちのように祝福を留めておける。これもある意味では禁忌と言えるでしょう。」
「それを作るために国王の弟を殺したと。」
教皇は首を振る。
「作ったのではありません。これは国王の弟君、ナポレオン様そのものです。」
「は?」
「これの十字架。救いの息吹はナポレオン様の心臓を十字に結んだものです。」
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