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40.意外な過去

「教皇が、僕を?」

あまりに突拍子もない出来事に俺の頭は対応できない。

「はい。教皇があなたをお呼びです。」


サラが真っ白のローブを着た男と俺の間に入る。

「わざわざ主を危険な場に寄越すことなどは致しませんよ。」

サラはすぐに剣を抜けるように半身で男と話す。


「その節については深く謝罪させていただきます。あなたたちに危害を加えるつもりは一切ありませんでした。」

「でも、危害を加えるつもりの人間はいたということですね?」


俺は教会が本当に国王を殺すつもりであったか、確認のために尋ねる。アルコールに侵されてはいるが、まだ頭は回る。

「その点につきましても、教皇が説明してくださると思います。」

男が手を差し伸べる。サラは警戒を緩めず、剣を握る手を強める。



「おいおい、店の扉を壊すなよぉ。」

店主がカウンターから出てきて、外れた扉を拾う。

「あーあ、こりゃだめだ。おいお前らこれ以上店を壊したらつまみ出すからな。」


「それにしても、今日は審判の日か何かかよ。変な客ばっかり一気に来やがって。」

店主はカウンターに戻り、酒を煽った。

「お前もどうだ。フランチェスコ。」


「その例えは笑えませんよ。きょ_ドミニコさん。酒は頂きます。」

「おっ、清貧派が飲酒とは。ずいぶん世俗的だねえ。」

「相変わらず嫌味ですねえ。多めに注いどいてください。」

「あいよ。」


白いローブの男はカウンターに座る。俺達から少し遠い席に。サラは構えを緩めた。酒場は静まり返っている。


「お前よお。いちいちもの壊して登場する癖やめろよな。」

「権威と威圧は同義だって言ったのはあなたじゃないですか。」

「それはそれ、これはこれだ。あとで請求するからな。」

「勘弁してくださいよ。」


「ついでに場をしらけさせた罰として、ここにいる全員にいっぱい奢れ。」

「そんなに余裕ないですよ。」

「権威と甲斐性も同義って言ったろ?」

「はあ、分かりましたよ。」


そう言うと店主がまたコップを掲げる。

「聞いたかてめえら!一杯はこいつの奢りだ!!感謝して飲みやがれ」


一時は静まり返った酒場に歓声が戻る。

「うおーー!」

「最高だぜあんちゃん!」


酒場は本来の姿を取り戻した。



店主ドミニクはこちらを向いて話す。

「嬢ちゃん大丈夫だ。こいつはフランチェスコ、教皇騎士だ。」

「どうも。」


先ほどの緊張感が一気になくなった。サラはまだ警戒しているようだが、この男に敵意は感じられない。

「教皇騎士!?」

俺は驚いて、大声を上げてしまった。あまりにサラっというものだが聞き流していた。

「しー!しー!」

フランチェスコは人差し指を顔の前に掲げる。


「酒飲んでるってばれたら、あとで怒られるんです。言わないでくださいね。」

「ああ、はい。」


 教皇騎士。この人もまた大物だ。世俗の選帝侯は政治力と武力の両方を持つ人間が務めるが、聖俗においては武力を持つ者と政治を行うものが分離している。


 政治を行うのは他でもなく教皇だ。対して武力を持つのがマインツ大司教、トリーア大司教、ケルン大司教の三聖職諸侯。そして教皇直属の教皇騎士だ。

 教皇騎士は名目上、三聖職諸侯より位が高い。実質の教会ナンバー2だ。枢機卿とも呼ばれる。



「そこのお嬢さんに、警戒を解いてもらえるように言ってくれませんかね。怖くて。」

「うーん、それは出来ないのではないでしょうか。」

彼女は責任感が強い。警戒を解くことはしないだろう。しかも相手は選帝侯クラスの強者だ。


「まあそうですよね。ちゃんと仕事して尊敬です。」

「お前が怠惰なだけだろうが。」

店主は酒をフランチェスコのコップに注ぐ。


「あの、お二人のご関係は?」

「なんだ、坊主。お前知らないでここに来たのかよ。」


俺が、知らない?何をだ。

「僕は、お酒を提供する場は聞き込みに適していると思っただけです。」



「おお、そうか坊主。それは賢い判断だ。だがお前はそれ以上に”持ってる”男だ。神の御意思(デウス・ウルト)ってやつかもな。」

「ドミニクさん。笑えませんって。」

そう言うと彼はガハハと豪快に笑って言う。


「はあ、この人はドミニクという方です。前任の教皇です。」


『えっ。』

俺とサラは同時に声を出した。改めて店主を見る。彼はピースサインを作る。


「びっくりしたか。坊主。」

一応貴族である俺たちが来店しても一切気にせずに接していたのに合点がいった。

「ほんとに、教皇だったんですか。」



「そうだよ。教会史上唯一の生前退位ってやつ。」

「でも、なぜ?」

分からないことが多すぎる。なぜやめたのか。なぜこんなところで酒屋なんてやっているのか。


「なんだ。本当に何も知らねえのか。まあ、時代に取り残されたとだけ言っておこう。」

「時代に。」

「そう。でも俺は何も変わってねえぜ。時代は宗教より酒さ。なあフランチェスコ。」


「自分のいた立場を考えてしゃべってくださいよ。」

彼のコップは空になっていた。

「教会抜けてもいねえのに酒飲んでるやつが言ってんじゃねえよ。」

「いやはや、手厳しい。」


フランチェスコは俺とサラに近い席に移動した。もうサラに警戒の色はない。

「まあ、なんというのでしょうか。酒の席ですので本音を言わせていただくと、割と教会は危機的状況なんですよ。権威派から清貧派に移行したことで統制は取れていなし、あの喧嘩っ早い国王は教会と臨戦態勢だし、疫病は流行るしで。この状況で初めましてのあなたたちに何かする余裕なんてないんです。なのでここは素直に来ていただけませんかね。」


フランチェスコは座りながら頭を下げた。くたびれたサラリーマンのようだ。

「でもそのような状況なら、なおさらなぜ僕と話をする必要があるんですか。」


「あなたは国王と同じ力を扱えるとお聞きしました。それだけで十分に値します。」

この力が、そんなに特別なのか。俺は自分の手のひらを見る。


「坊や、あの力を使えるのか。そうか、それなら納得だ。これは、本当に神の御意思(デウス・ウルト)かもしれんぞ。」

話を聞いていた店主が驚いて言う。


「坊や、俺からも頼む。あいつの__教皇の所に行ってくれ。そうしたら教会の過去、俺のことについてもちゃんと話してくれるだろうよ。お前にとっても損はない。頼む。なんの危害も加えない。神に誓う。」


 店主は十字を切った。



 俺はまだ教会を信用していない。しかしこの人らは現状敵ではないと思う。もし国王が友人として俺に協力を頼んだら俺は素直に従い、教会と敵対するつもりだ。だが、敵の事情を知らずに命のやり取りをするよりは、相手のことを知っておきたい。


 それにこの人らは、嫌いじゃない。



「バランタイン様。」

サラはこっちを見る。俺は頷く。

「俺は行く。付いてきてくれ。」

「はい。」




「それとフランチェスコ。」

フランチェスコはコップから店主へ目線を移す。

「こいつらにもう一度謝れ。」

「なぜです?」

「いいから。」


「ああ、はい。何をしてしまったのかは分かりませんが、申し訳ございませんでした。」

彼は再度頭を下げた。


「よし。」

店主が言う。そしてフランチェスコに聞こえないように囁く。

「チューの邪魔しちゃってごめんな。」







 俺の体内から変な汗が沸き上がる。サラの耳は真っ赤だった。




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