39.疫病
さて、俺は俺のやるべきことをしよう。
「バランタイン様。」
サラが後ろから追いかけてきた。
「国王、どうだった?」
一応気がかりではあるので尋ねて置く。
「少し考えたいから一人にしてほしいとおっしゃっていました。キャス様が様子を見ております。」
「そっか。ありがとう。」
まあ友達だと思っていた人に急に突っぱねれれたら割とショックだろう。まあ俺には彼の情緒まで面倒を見る義理はない。
「サラ、僕たちはなんとかして疫病を止める方法を探そう。」
「ええ、でもどうすれば。」
「分からない。とりあえず人に会ってみよう。」
「バランタイン様が病気になってしまうかもしれませんよ。」
サラは心配そうな顔で俺を見る。
「じゃあまあ、とりあえず。」
俺は布を取って、口を覆う。飛沫感染はこれで多少はましになるだろう。
「何をなさってるんですか。」
彼女は不思議そうな顔を浮かべる。
「まあ、なんていうの、こうすれば移らなくなるかなって。」
説明するのが困難だ。前世のなんとなくの知識でこうしているだけなのだから。
「そうですか。」
彼女も同じように布を口に当てた。
「よし、じゃあ行こうか。」
俺達は街を歩く。裏道では生死が分からない子供が横になっていたり、吐しゃ物や糞尿がそこら中に散らばっている。布越しでもその悪臭が鼻を襲う。俺もその汚物溜まりの一部を構成しかけた。しかしサラの前ということもあり何とか耐えた。
少し歩くと酒屋が見えた。街の雰囲気は酒の場でより強く表れる。この街の陰鬱で病的な雰囲気はこの酒場にもよく反映されていた。店の外で吐き続ける者、けんかをする者、空になったコップな舐め続ける者、病的な人間たちの集いだ。
しかし、情報集めには適した場所だ。酒の場以上に口が軽くなる場はない。俺は酒屋に入る。
「いらっしゃい。」
店主はその病的な客たちとは違う、筋肉隆々の大男だった。客と店主を挟むカウンターが疫病を完全にシャットアウトしているようだった。俺とサラはその店主の方に向かって歩く。客の男たちがサラに下品な視線を浴びせているが、サラは自身の服に刻まれた選帝侯の刻印を見せると、客は誰も近づかなくなった。
貴族などの上流階級がこのような店に入れば一瞬で身ぐるみを剝がされるのがよくあるイメージだ。しかし、この世界では選帝侯や騎士などの上流階級の人間に歯向かっていくのは、相当な手練れか馬鹿だ。アルコールに浸された脳でも、その身体を肉片にされることはしない。実力主義万歳だ。
「めずらしいお客さんだね。あんまり上等なモンは出せないよ。」
「ええ、お酒はいらないです。今日はお話をしたいなと思い。ここへ参りました。」
「待った。俺は自分の仕事が好きだ。病気もちだろうが何だろうが、俺ぁ客と話すのが大好きなんだ。だが、客っていうのは俺の酒を買ってくれる奴だ。だからなんか買ってくれい。」
「いや、お酒は__。」
「では、ぶどう酒を。」
サラが注文した。
「サラ、飲めるの?」
「ええ、飲めますよ。」
いやいや、お前はティーンエイジャーだろ。そう思ったが、記憶の中で両親に酒を飲むなと言われたことはない。別に飲んではだめという訳ではないのか。よしでは一杯だけ。
「では僕も。」
「あいよ。」
店主は豪快にぶどう酒を2つ、カウンターに置いた。
「いただきます。」
サラがごくりと酒を飲む。俺も負けじと決して弱くない醸造酒をのどに流し込む。
「おっ、いけるねえ旦那。」
この世界に来て初めてのちゃんとした飲酒だ。
「それで、何を聞きに来たんだい?」
店の主人が尋ねる。
「私たちは、疫病の調査に参りました。」
サラがストレートに尋ねる。
「ああ、コロリのことかい。」
「コロリ?」
思わず聞き返す。
「そう。馬鹿みたいにゲロ吐いて糞尿垂れ流すだけ流して、あとはコロリ。だからコロリだ。」
なんか、あまりに安易なネーミングだ。
「コロリの原因か何かはあるのですか。」
「悪魔の仕業だああ!」
後ろの不潔な男が叫んだ。
「うるせえぞ酔っ払い!」
店主がその男に怒鳴る。
「まあ、教会は悪魔の仕業だって言ってるよ。コロリにかかった奴は悪魔に取りつかれたって。」
店主は声を潜めて話す。
「でもまあ、あんたたちお偉いさんはそんなことないって分かってんだろ?」
店主はしたり顔で俺たちに言う。
「はい。噂程度でもいいので何か知っていることがあれば教えてください。」
俺はにやりと笑い、尋ねる。俺たちは他の人間とは違う、”モノを知っている人間”というコミュニティに彼を入れてやることにした。前世のSNSで低能どもがしたり顔で陰謀論を信仰していたように。
「うーん、そうだなまず、死体やゲロに触れると移る。親がコロリになると子供もなる。この酔っ払いどもは大体独身だから、こうして酒を飲めてるわけだ。」
店主は店全体を見渡す。
「あとは、水だな。」
「水?」
俺はまた聞き返す。
「そう、この辺で飲む水は全部沸騰させてから飲んだ方がいいぜ。俺やお前たちみたいな健康な奴らは良いが、ちゃんと食えてないやつは水を飲んだだけでコロリだ。」
水か、調べてみる価値はありそうだ。
「ありがとうございます。」
俺は店主に礼を言う。
「いいってことよ。どうだ酒はうまいかい?」
「はい。」
「ええ、おいしいです。」
サラは飲み干し、もう一杯注文した。
「大丈夫?」
俺は尋ねる。
「ええ、バランタイン様はもうおしまいですか?」
サラはいたずらっぽい顔をする。煽られた俺は残った酒を飲み干し、同じくおかわりを注文した。
「こんなご時世なのに酒屋はやってるんですね。」
素直な疑問を店主に口にする。
「こんなご時世だからだよ。酒さえ飲んでりゃ明日のことなんて忘れられる。なあ、そうだろてめえら!」
店主は自分のコップを掲げる。店内には怒号に近い歓声が上がる。
「うおぉー!」
「コロリなんて酒飲んでればかかんねえぜ!」
「悪魔なんてくそくらえだよ!」
男たちは大声で騒ぐ。やつれた顔の者もいるが、活気にあふれていた。どの世界においても酒がもたらす力は絶大だ。
「宗教、女、酒。人間何かにすがりたいのさ。」
店主は呟く。
「バランタイン様。」
サラが俺の名前を呼ぶ。俺はサラの方を向く。するとサラの顔が目の前にあった。
「サラ、近くない?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど。」
気づけばサラは肩が触れ合うほどの距離に近づいていた。
「バランタイン様はどのような女性が好きなのですか?」
「サラ、酔ってる?」
「酔ってません。どんな女の子がすきなんですかっ。」
「どうしたのさ、急に。」
「前に私がツインテールにした際に喜んでいらしてたので。もしかしたらそういう、かわいらしい子が好きなのかなと。バランタイン様の騎士として知っておかなくてはと思いまして。」
「好きな子か。考えたことないなあ。」
「ちゃんと答えてください。」
適当に誤魔化そうとするが彼女は彼女の剣技がごとく、それを許さない。まあ酔っ払いだし、よく覚えていないだろう。ここは少し普段の感謝も込めて、本音を混ぜよう。
「うーん、サラみたいな子だったらうれしいかも。」
「えっ。」
サラは止まった。
「やるねえ、坊主。」
盗み聞きしていた店主がヤジを飛ばす。周りの男もそれを聞いていたようで、また騒ぎ出す。
「くそが!幸せになれよ!」
「なめやがって、こっちは女房に逃げられてんだよ!うおーん!」
ヤジの怒号に苦笑いしながらサラを見る。サラはゆっくり口を開いた。
「でしたら、いいですよ。」
サラは俺に向き直り、目をつぶって顔を上げる。
まじか。これ、キスしろってことか。まずい、照れて満足すると思っていたのに、彼女をその気にさせてしまった。いや、俺も彼女のことはまあ、気にはなっているし。別にこの世界だったら犯罪にも当たらない。
いいんじゃないか?しても。そうだ、これは酒のせいだ。お互い酒に飲まれた過ちだ。
俺は彼女の手を握る。そしてゆっくり顔を近づける。
その時、酒屋の扉が蹴破られた。俺とサラは剣を抜き、臨戦態勢に入る。
「バランタイン・ラムファード様はいらっしゃいますか。」
白い服を着た細い男が静まり返った店内に呼びかける。
「私の主君に、何の御用でしょう。」
俺より先にサラが返答をする。
「サラ・ナイルズ・ベルモット様ですね。あなたもこちらに。」
白い服を着た男は店の外の馬車へ促す身振りをする。
「どのようなご用件で?」
俺は落ち着いて返答する。酒は一気に抜けたようだ。
「教皇がお呼びです。」
未成年の飲酒はダメ。絶対。です




